SDGs経営塾 第6回「大切なことは何か」

SDGs

 私たちビジネスパーソンは、2020年からのコロナ禍を通して、時代の変化の大きな境目を体感中です。その「大きな変化の”大元”がいったい何か」に気づくことで、新しい未来と新しい経営の風景がきっと見えてきます。

 特に、SDGs成長経営には “将来のありたい姿”を明確に持つことが求められます。
本気で明確な”将来のありたい姿”がある経営とそれに迷いのある経営では、次の一手のスピードとパワーが大きく違ってきますね。

 本SDGs経営塾では、多くの経営者の方々に“SDGs成長経営”の心得と方法を、私の実体験を絡めながら『しる→わかる→かわる』の流れでお伝えしていきます。想像力・創造力の喚起に少しでもお役に立てれば幸いです。

人間軸のイノベーション(深い知)

「人間軸のイノベーション」(=深い知)
 第4回は、“空間軸のイノベーション(=広い知)”、第5回は、“時間軸のイノベーション(=高い知)”の構造と事例をご案内しました。
これまでの事例(iPhone、ピュアモルトスピーカー、もくねんさん)からお伝えしたかったことは、新しい価値を創造するには、「大切なコトは何か」、「こういう未来を実現したい」という心の底に“熱い想いがあること”でした。それは、「人間の心の領域」から発せられて、“広い知(空間)”“高い知(時間)”に大きな影響を与えます。
 今回(第6回)のキーワードは、人間の奥底にある「大切なコトは何か」です。
 それを探求する「人間軸のイノベーション(=深い知)」について、その構造と二つの事例でお伝えします。
 それでは、経営者の皆様に向けて、「大切なコトは何か」につながる二つの問い(WHY・WHAT)をしますので、是非、自答してください。
問1.WHY: 自社は“何のため”に存在しているのですか?(=存在意義①)
 2030年に顧客に必要とされる理由は?(=存在意義②)
問2.WHAT: 世の中の“何”を変えたいのですか?(=目的)
 この二つの問いに、迷うことなくスラスラと答えられて実践されている企業は、SDGs実践の先行企業です。しかし、欧米と比較してこのような企業が少ないことが日本の問題です。
 日本の企業の多くのホームページを見ると、“ミッション、ビジョン、バリュー”は整った内容になっているですが、実際にご支援先を訪問して、現場の社員の方達と話すと、現実とミッション・ビジョン認識との間に大きなギャップがあることを実感しています。
 それは、多くの経営者の悩みでもあります。
・将来の「本当に大切なコト」「ありたい姿」を構想できていない
・「ありたい姿(ミッション、ビジョン)」は心の中にあっても社員と共有できていない
・ミッション、ビジョンは建前で、心の底から実現できるとは思っていない
上記のギャップを少しでも縮めるための心得と方法を、“深い知”の事例を通してお伝えします。

人間軸のイノベーションの図解

 さて、第2回コラムに、“経済・社会・環境”の関係変化を記しました。 
 このままでは続かない地球世界を続けられるようにするために、それまで経済(利益第一主義)を中心に据えていた経営から、未来の“環境・社会”をより良い状態(社会価値)に変革しながら利益(経済価値)を創出する両立経営への迅速な転換が求められています。
 「SDGs成長経営」の最も大切なことは、これからのすべての考えと行動の中心に“生命第一主義”をおくことにあります。
 顧客は、これまでの“消費者”から“環境・社会を良くする生活者”に急速に変化しています。同時に、人々は企業に対しても“世の中を良くするための企業姿勢と実行”を求めています。
SDGs時代は、「生命第一主義」、「Well-Being」を土台にして、
 ・そもそも何のためにビジネスをおこなうのか?
 ・いったい世の中の何を変えたいのか?
 ・何を大切にするのか?
という経営者の心の根本レベルの“あり方の再定義”が、社内外から求められます。
そのために経営者は、下記の生活者ニーズの変化を先取りしていくことが必要です。
所有(○○が欲しい)→使用(こう使いたい)→あり様(こうでありたい)(図1) 
 SDGs経営の“生命第一主義に連なる社会課題”と“本業”を新結合するということは、“本当はこうでありたい”という『真善美』の価値を創ることにつながってきます。
 『真善美』とは、人間が生きる上での理想の状態を3つで、「真:偽りのないこと」、「善:良いこと・道徳的に正しいこと」、「美:美しいこと・調和していること」を表現した言葉です。
 先にお伝えしてしまいますが、図1の赤枠(空白)には、『真善美』に深く紐づいた経営者の深い言葉(コンセプト)が入ってきます。
 それでは、私のSDGs成長経営セミナーでよくご紹介する“人間軸のイノベーション”の二つの事例をお伝えします。

図1 『深い知』:禅的思考

人間軸のイノベーション事例-①

 事例の一つ目は、北海道旭川市にある旭山動物園です。
時を1997年にタイムシフトします。その頃、全国の動物園の来園者数は右肩下がりで減り続けていました。
 当時、旭山動物園の獣医係長(現園長)の坂東元さんは、従来の“パンダやコアラという奇獣、珍獣で来園者を集めるやり方や動物の姿を見てもらうための「形態展示」”ではなく、“普通の動物の本来の行動や生活を見てもらう「行動展示」”へと転換を図りました。メディアにたびたび取り上げられ、国内外からたくさんの観光客がくるようになりました。
 さて、坂東園長が転換を決意した“最も大切にした想い”は何でしょうか?
ここは大事なので、皆さん少し考えてみてくださいね。

 旭山動物園が掲げる永遠のテーマは、「伝えるのは命」(図2)です。
そこには、坂東さんが獣医として“動物の命”の大切さにずっと寄り添ってきたことが込められています。そのテーマによって、これからの時代の主役になる子どもたちが、動物たちの未来や地球の未来を真剣に考える場所になっています。
 旭山動物園が大事にする赤枠の中に入る言葉は「伝えるのは命」でした。
 ここで重要なことは、経営の“あり方(目的)”が変わることで、“やり方(手段)”が変わることです。(図3)それまでの「形態展示」から、「普通の動物の“行動展示”」というやり方に転換しました。そのことで、右肩下がりの来園者数が急激な右肩上がりになり、旭川市を含めて経済価値(利益)が上昇しました。

 ここに、SDGs成長経営の大きなヒントがあります。
「経営」の“経”という字は、縦糸のことを表しています。“経”という縦糸(あり方)と“営(いとなむ)”の横糸(やり方、行動)で織物が紡がれます(図4)。
 経営が行き詰っている時は、それまでの横軸の“やり方”が行き詰っていることが多いものです。是非、そのような時は経営の縦軸の“あり方”(目的、道理)に目を向けて、再定義することにトライされてください。その再定義の挑戦の場が赤枠です。

図2 伝えるのは、命


図3 『深い知』:旭山動物園


図4 「経営」とは?

人間軸のイノベーション事例-②

 二つ目は、アルコールフリービールです。
 キリン(株)は、アルコールフリーという画期的な製品で新しいビール市場を開拓しました。その女性開発者の“大切にした想い”を紹介します。
 「2007年は、飲酒運転撲滅の雰囲気が世間にありました。いくつかの大きな事故があり、警察の取り締まりが強化されるなど、飲酒運転はダメという消費者の意識が強くありました。お酒が原因で悲しい事故が発生するのが嫌だったんです」
 開発者の大切で切実な願いは、
 ・「飲酒運転のない幸せ」(図5)
 でした。
 その“あり方”が土台にあることで、技術開発やマーケティングの“やり方”も変わって成功につなげました。
 さて、ビール事業にとってのコアは“酔えるアルコール”です。その一番のコアを無くしてしまうのは凄い決断だと思いませんか?でも、女性開発者にとって重要な熱い想いは、“飲酒運転のない幸せ”でした。本業と社会課題(飲酒運転)が結合して、アルコールフリーという新しいビール市場が創出されました。
 前職のパイオニア社が開発した“カラオケ市場”も上記と同様に、歌手にとって一番大事な“歌”の部分を抜いてしまいました。そのことで、歌手ではない一般の人たちが“主役”になって新しい市場と文化が生まれました。
 2013年に東京国立博物館がWEBサイト上で行った人気投票「あなたが観たい国宝は?」で一位に輝いたのは、長谷川等伯の『松林図屏風』でしたが、引いて引いた余白の負の美学がそこにはあります。 その引き算、余白、空白が観る人の想像力をかき立てます。
 方丈の前の庭である京都の龍安寺の『枯山水』はどうでしょうか?水を感じさせるために水を抜いた枯山水は、日本人の究極の美学をあらわしていますね。
 能、禅、わびさび、俳句、山水画等々、引いて引いく『引き算の美』『余白の美』という方法が日本には息づいています。
 そう、本業のコアに執着しないことがポイントです。“大切なこと”、“大切な想い”、“社会課題”に思いを馳せて、様々な制約をはずして、引いて引いて自在になって余白をつくることが新しい価値を創造します。

図5 「飲酒運転のない幸せ」

人間軸のイノベーション-まとめ

 “広い知”“高い知”は、足し算・掛け算による結合による新しい全体の創造でしたが、“深い知”は引き算の美により、「将来のあり方(Well-being:未来がよりよい状態であること)」、「真善美」を創出する方法です。
 “深い知”は『心』を扱うことにあります。
 ここで、サン=テグジュペリが書いた「星の王子様」の名言を引用します。
「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。
大切なことは、目に見えないんだよ」
 心の目で見ること、子供のように心の曇りがなく、純真な目でものごとを見ることが大切であることをこの小説は伝えています。
 これまでの経済至上主義から、本当に“大切なコト”、“ものごとの本質”を見つけて、
世の中を良くするために企業はある
という「心」と「行動」が全ビジネスパーソンに求められているのではないでしょうか。

 雑念を遠ざけて、引いて引いて“無”“空”に向かう禅寺に通って、『iPhone』を開発したスティーブジョブズの言葉が響いてきます。
 「“シンプル”が私のモットーだ。それは“複雑”より難しい。
考えを研ぎ澄ますという大変な努力を要するからだ。
 だが、そうするだけの価値はある。
そこに至りさえすれば、山をも動かせるのだから」
 そう、引いて引いて考えを研ぎ澄まして赤枠に至れば、山を動かせる可能性が高まります。

“深い知(目的・存在意義)”に到達すると、“高い知(ビジョン)”も“広い知(イノベーション)”も自然に湧き上がることを私は経験してきました。
 是非、“深い知”を我がものにしてください。

次回のトピック

→世界観をつくる
 1.「色即是空 空即是色」の極意  
 2.「世界観を持つ」とは?
 3.「SDGsの世界観」とは?

執筆者

橋本元司(はしもと・もとじ)

新価値創造研究所代表。SDGs成長経営コンサルパートナー・2030SDGs公認ファシリテーター

パイオニア株式会社で、商品設計や開発企画、事業企画などを経験後、社長直轄の「ヒット商品緊急開発プロジェクト」のリーダーとして、ヒット商品を連続でリリース(サントリー社とのピュアモルトスピーカー等)。独立後、「新価値創造」を使命として、事業再生、事業開発、人財開発、経営品質改革を行い多種多様な企業を支援している。