SDGs経営塾 第8回「SXとDX」

SDGs

 私たちビジネスパーソンは、2020年からのコロナ禍を通して、時代の変化の大きな境目を体感中です。その「大きな変化の”大元”がいったい何か」に気づくことで、新しい未来と新しい経営の風景がきっと見えてきます。

 特に、SDGs成長経営には “将来のありたい姿”を明確に持つことが求められます。
本気で明確な”将来のありたい姿”がある経営とそれに迷いのある経営では、次の一手のスピードとパワーが大きく違ってきますね。

 本SDGs経営塾では、多くの経営者の方々に“SDGs成長経営”の心得と方法を、私の実体験を絡めながら『しる→わかる→かわる』の流れでお伝えしていきます。想像力・創造力の喚起に少しでもお役に立てれば幸いです。

「SXとDX」の時代

「SXとDX」の時代
 私たちを取り巻く環境は大きく変わりました。ライフスタイルやビジネススタイルが大きく変わり、後戻りできないことを英語で“トランスフォーメーション”といいます。それは、サナギが蝶になるような“不可逆な変態、変容”のことで、英語圏ではトランスフォーメーションを『X』と表記します。

 今回のテーマは、『SXとDX』です。双方にその“X”が入っていますね。
 『SX』は、“サスティナブル・トランスフォーメーション”です。SDGsは、略して『SX』と表わされます。これまで7回を通して、SDGsについてお伝えしてきましたが、それは、“持続可能=サスティナブル”を「目的」とする変容・変革についてでした。
 もう一つの『DX』は、“デジタル・トランスフォーメーション”です。“デジタル”という手段・道具で変容・変革すること。“DX”のわかりやすい代表例は、iPhoneです。iPhoneの登場以降、私たちの暮らしや仕事は大きく変わりましたね。もう、ガラケーには戻れません。
 とても重要な認識は、SXは目的で、その手段がDXであることです。
 ・SX(目的) → DX(手段・道具)

第7回で記したように“VUCA”の時代です。そのような時代だからこそ、
 ・自社は“何”をしたいのか?
 ・どのような社会課題を解決したいのか?
 という目的(パーパス)が求められます。いま、多くのメディアや経営書が“パーパス経営”を取り上げている理由がそこにあります。
 その目的(ありたい姿、顧客から必要とされる姿)と現実とのギャップを直視して、全企業が新しい価値創造を実践していかなければならない変革期です。その“新しい価値創造”の構想と実践がイノベーションです。そのために、第4~6回にわたって、イノベーションの構造と事例を説明してきました。そして、そのイノベーションを生み出すのに不可欠で代表的な手段が“DX”です。
整理すると、
前提:SDGs(社会課題解決)には、イノベーションが必要!
Q. なぜ、“DX”が求められているのでしょうか?
A. イノベーションを生み出すためには“DX”が不可欠だから!

Society5.0 for SDGs

 さて、『GX』という言葉もメディアでよく見かけるようになりました。それは“グリーン・トランスフォーメーション”と表し、“脱炭素社会実現”を目的にしています。全産業のカーボンニュートラルへの対応が急務です。

 2020年3月、欧州委員会は「グリーン(GX)とデジタル(DX)」を“新産業戦略”の中心に据えました。(図1)同年12月、菅前首相が「グリーンとデジタル」の二分野が日本の成長の柱と発表しました。(図2)
 これは、日本政府が国家戦略として、本腰を入れるということを意味しています。
私は、SXの領域で一番大きいウエイトを占めるのがGXですから、「SX(≒GX)とDX」が成長の二本柱ととらえていいと考えます。
 これに先立つ2017年11月に、経団連が企業行動憲章を7年ぶりに改定しました。
『Society 5.0の実現を通じたSDGsの達成』(=Society 5.0 for SDGs)こそ、企業が果たすべき役割と考え、2030年に世界で実現できるよう取り組んでいくと宣言しました。是非、下記URLを参照してください。(図3)
https://www.keidanrensdgs.com/society5-0forsdgs-jp
 そのメニューの中の、“取り組みの例”をクリックすると、経団連会員企業・団体等が取り組んでいる「SDGsの達成に資するイノベーション」の事例について、SDGsの各目標と関連づけて多数の事例が掲載されていますので、是非参考にされてください。
 その事例をご覧いただくと、『Society5.0』は、“SX(目的)とDX(手段)”が両立した世界というのが分かります。多くの企業が取り組まれています。
 この取組み事例集が優れているのは、幅広い異業種の事例を多くみることで、
・SDGsを手掛かりにした2030年の自社を見通す訓練
 として皆さんが使えることです。
 先週、大手の書店に行きましたが、昨年と比べて「SXとDX」が両立した事例を集めた書籍が増えていました。それを見ただけでもSDGsビジネスは、もう十分に実践モードに入っていることが実感できます。
 しかし、上記の数多くの事例を見ることで、経営者の頭がいっぱいになって、迷子になることもあります。こういう時は、やはり、DXの“本来と将来”を知ることが役に立ちます。
その秘訣を次に紹介します。

図1 欧州の「グリーン(GX)とデジタル(DX)」

図2 日本の「グリーン(GX)とデジタル(DX)」

図3 Society 5.0 for SDGs

デジタルの次は?

 もう20年前の話になりますが、2002年頃に、前職・新事業創造の室長として、
・デジタルの次は何だろう
 ということを真剣に悩んでいました。
やはり、「一つ先の、一つ上から物事をみる」ということが、将来の洞察には不可欠です。
それを聴きつけた友人が、慶応義塾大学の石井威望教授に引き合わせてくれました。
石井教授の概念は、
・デジタルの次は“キュービタル”!
(「ビット」は、既存のコンピュータが扱う情報の基本単位。あらゆる情報を0か1に置きかえて符号化する。確固として曖昧さは全くない。一方、「キュービット」とは、量子コンピュータで扱う基本単位で、「quantum bit」を略したもの。既存のビット情報と異なり、同時に0と1の両方が存在する)
 その内容を詳しく聴いたときに、
・アナログ → デジタル → キュービタル(=DX)

 という弁証法(第5回・高い知)の展開が想い浮かびました。(図4)
(キュービタルとは、キュービット(量子力学)とデジタルの造語です)
 2006年、キュービタルを基盤にして、どのような未来の広がり(時間と空間の拡張)があるのかを仲間たちと7つの領域を作成して、10年後(2017年)の世界をビデオ(10分間)にまとめました。その世界は、上述の“Society5.0”をピタリと言い当てていました。(図5)

参考に、20年前になりますが、2002年時のカーナビの将来(車の運転)を検討した時の展開事例を紹介します。
①アナログ:実際の運転席で、「次の交差点を左に曲がると六本木」という標識を観て進行先を判断する(=現実の風景)
②デジタル:カーナビのディスプレイの中にあるデジタル情報を見て、「次の交差点を左に曲がると六本木」という判断をする(=デジタルは、ディスプレイの中にいる)
③キュービタル:実際の窓の外の風景(アナログ)を見ながら、空間上にデジタル情報(⇒矢印や3次元の疑似車)が浮かび上がり、アナログとデジタルがインタラクティブに融合する世界。→リアルの世界に、デジタル情報がはみ出てくる(図6)

これは、現在グーグルグラスや工場でも使われるようになったスマート(ウェアラブル)グラスと同じ構図です。現在進展している「自動運転車」は、センシング技術等が大幅に進んだことによる、人が運転しなくてもよい本格的なキュービタル世界です。
 つまり、「キュービタル」を要約すれば、「リアル(オフライン)」と「デジタル(オンライン)」の両立が進んだ世界です。
 その様なキュービタル的な見方で、自動掃除機(ルンバ)やロボットの進展を思い浮かべてください。デジタル情報の進化が、どんどんリアルの世界(日常空間)に溶け合っていることがわかります。
 上述の経団連の「Society5.0」の取り組み例には、スマート漁業/農業/林業、遠隔医療、異常予兆検知、鉱山オペレーション等々が掲載されていますが、それらは、「キュービタル」という視座から見るとその意味合いと進展がクリアに見えてきます。
 2020年代後半には、量子コンピューティングが広く使われるようになると言われています。その時が、“DX”から“QX(キュービタル・トランスフォーメーション)”へシフトして、本格的なBX(ビジネス・トランスフォーメーション)が進行すると仲間たちと洞察しています。
 重要なことは、上記の様な「デジタルの一つ上のレイヤー」から物事を見ることができるようになると、迷子にならないですむことです。
 その視座(高い知)が、一歩先の手を打つこと、先取りにつながり、SDGs成長経営の推進力になります。

 今回は、「一つ上のレイヤー」からの成長経営への秘訣を記しましたが、
次回は、身近なペーパーレスやリモート会議等を絡めて、
・デジタイゼーション
・デジタライゼーション
・デジタルトランスフォーメーション
 を整理してお伝えします。

図4 デジタルの次は?

図5 時間と空間という観点からのビジネスチェンジ

図6 カーナビの将来は?

次回のトピック

→図と地

執筆者

橋本元司(はしもと・もとじ)

新価値創造研究所代表。SDGs成長経営コンサルパートナー・2030SDGs公認ファシリテーター

パイオニア株式会社で、商品設計や開発企画、事業企画などを経験後、社長直轄の「ヒット商品緊急開発プロジェクト」のリーダーとして、ヒット商品を連続でリリース(サントリー社とのピュアモルトスピーカー等)。独立後、「新価値創造」を使命として、事業再生、事業開発、人財開発、経営品質改革を行い多種多様な企業を支援している。