SDGs経営塾 第9回「超高度情報編集時代の“地と図”」
私たちビジネスパーソンは、2020年からのコロナ禍を通して、時代の変化の大きな境目を体感中です。その「大きな変化の”大元”がいったい何か」に気づくことで、新しい未来と新しい経営の風景がきっと見えてきます。
特に、SDGs成長経営には “将来のありたい姿”を明確に持つことが求められます。
本気で明確な”将来のありたい姿”がある経営とそれに迷いのある経営では、次の一手のスピードとパワーが大きく違ってきますね。
本SDGs経営塾では、多くの経営者の方々に“SDGs成長経営”の心得と方法を、私の実体験を絡めながら『しる→わかる→かわる』の流れでお伝えしていきます。想像力・創造力の喚起に少しでもお役に立てれば幸いです。
経済産業省「DXレポート2」
守りのDX、攻めのDX
さて、第2回「SDGsの潮流を知る」の図3で、
・CSR(守りの経営)→CSV(共通価値の創造)→SDGs(攻めの経営)
の推移を説明しました。
それまでの“守りの経営”から、次のステージである“攻めの経営”に早く脱皮(トランスフォーメーション)することが求められています。
同様な構造が“DX”への推移でもあります。
・デジタイゼーション&デジタライゼーション(守りの経営)→DX(攻めの経営)
デジタイゼーションのペーパーレス(業務の効率化)やデジタライゼーションのRPA(生産性の向上)は“改善”であり、遅れを取り戻す“守りの経営”です。
それは結果的に誰もが取組むことで“競争優位”にはなりません。取組まなければ残念ながら“競争劣位”になります。
経済産業省は国内の企業が取り組むべき内容を示した「DX推進ガイドライン」(2018年)の中で、“DX”を「ビジネス環境の変化に対応し、デジタル技術を活用してサービスやビジネスモデルを変革するとともに、業務、組織、企業文化、風土を変革し、競争の優位性を確立すること」と定義しています。
つまり、DXは“デジタル技術を活用してサービスやビジネスモデルを変革して競争優位を確立する攻めの経営”を実現するためのものです。
第8回に紹介した経団連の『Society 5.0の実現を通じたSDGsの達成』(=Society 5.0 for SDGs)の取組み例をご覧いただくと、それは、“リアル(アナログ)空間とデジタル情報が結合したキュービタルの世界”であり、まさしくビジネスモデルの変革に直結します。
前記URLの“コマツ社”の先行事例は、経済産業省の『DX(デジタルトランスフォーメーション)レポート2』が示すわかりやすい具体化事例であり、“キュービタルの世界”そのものです。
“コマツ社のデジタルのトランスフォーメーション戦略”の10頁(URL)に記されている“モノ価値からコト価値”という新しい価値創造について紹介します。
「ブルドーザーの自動運転により、センサーを通じてブルドーザーがどう利用されているのか、ユーザーの工事の状況が初めて詳しくわかってきました。多くの現場では古い2次元の測量情報に基づいて工事が行われていて、情報が不足していたり不正確だったことから、結果として平均30%程度のやり直し工事をしていることが判ったのです。・・・」(インダストリー4.0 第4次産業革命の全貌より加筆引用)
上記は一例ですが、コマツ社は建設現場のデータを大量に集めて活用することで、結果的にIT分野を取込み、ブルドーザーのユーザーである建設会社に“教える”立場になりました。それは新しい価値の創造であり、新サービス産業への転換と新成長につながります。
そのような先行事例を数多くみることで、自社の将来のビジネス構想のヒントにしていただければと思います。
コンピュータの進化は続く
ここで、DX進化のベースになる“ムーアの法則”を取り上げます。
インテルの創始者の一人であるゴードン・ムーア氏は、「半導体の集積率(部品の密度)は18ヶ月(1年半)で2倍になる」と予想しました。5年後に10倍、10年後に102倍、20年後には約1万倍になりますが、そのムーアの法則が1965年に提唱されてから半世紀、コンピュータの性能は、ほぼそのとおりになってきました。
第8回の図5で、“デジタルの次の世界”について説明しましたが、それはこの“ムーアの法則”を基盤に構想しました。時間と空間の拡張が大幅に進んだ世界を4象限にして、それをビデオにまとめ的中させることができました。
これから5年後、10年後、コンピュータの性能の進化は更に続きます。そして、“量子コンピュータ”が実用化されてきます。この変化は不可逆です。
加速する変化に適応するのはたいへんなのですが、その進化・変容を自社のビジネスチャンスとして認識して将来を構想することが求められてきます。2030年のありたい姿を描くSDGs成長経営には、看過できない手段・道具です。
製造業の経営者が看過できない“インダストリー4.0”、“Society5.0”はもう数年が経過して現在進行中です。冒頭で“一つ上のレイヤーから物事を見る”ことをお伝えしてきましたが、時代を先取りするためには、“インダストリー5.0”、“Society6.0”を想像して、その視座から自社ビジネスの可能性を観ていくこと、それに対応したBX(ビジネス・トランスフォーメーション)の構想や経営戦略をそろそろ検討するタイミングになってきているように思います。次のビジネスステージの兆しは明滅しています。
超高度情報編集時代の“地と図”をつくる
ムーアの法則で触れたように、膨大な情報を処理・編集することが当たり前の時代に変容してきています。
ただ、膨大な情報があっても、それを価値のある情報に編集しなければ、その情報は無駄になります。情報を上手に編集する技法のひとつに、「情報の地と図をつくる」があります。参考に、私の師匠である松岡正剛氏の「知の編集術」から加筆引用します。
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「地」(ground)というのは情報の地模様のことで、「図」(figure)というのは情報の図柄のことをいう。図3の見慣れた「地図」を見ていただくとわかるように、情報には「分母としてあらわされる情報の特徴」と「分子としてあらわされる情報の特徴」とがあります。
たとえば「寒い日だね」という分子情報があるとして、分母に「冬」を持ってくるか「夏」をもってくるかで、ずいぶん分子の情報にたいする見方が変わってきます。
また、「あいつはピアノがうまい」という分子情報は、分母が「作曲家」か「ジャズメン」か「会社員」かによって大きく変わる。ピアノのうまさの土台(分母)が違います。
SDGsを例にすると、「ゴミ問題」という問題も、社会環境という分母から見るのか、それとも生物環境という分母から見るかで、その意味は大きく変わってきます。
私たちは、「地球にやさしい」という言葉を金科玉条のようにつかっている。けれども、これはまだまだ分子情報としての問題だけがいかにも“正解”の顔をして提起されているだけであって、この問題にふさわしい分母を探し当ててはいないともいえる。
たとえば、「海」という分母にとって「地球にやさしい」ということと、「公園」という分母にとって「地球にやさしい」ということは異なっている。逆に、「地球にやさしい」を分母にするのなら、その分子に「魚」がのるのか、「心」がのるのかでも異なってくる。・・
リアル(アナログ)空間を分母情報(地)として、デジタル情報を分子情報(図)にすると、これからは、リアル(アナログ)空間のあらゆるモノ(IoT)や人(IoH)や動物(IoA)等々の、時間軸・空間軸の膨大で動的な分母情報が溢れてきます。それをデジタル情報空間(AI等)に紐づけ情報編集して、新しい価値を創造する時代に変わっています。
自社の将来ビジネスをどのような土台、分母(地)からみるのか、どのような分子情報(図)をテーマにして編集したいのか、どこにチャンスの芽があるのか、そのようなモノの見方、情報編集のリテラシーがより重要になってきます。
前記“コマツ社”や“Amazon”、“UberEATS”、“スマート工場/農業/漁業”等の取組みを図3に入れ込むと、リアル空間とデジタル情報のマッチングインフラが目に浮かび上がってきませんか。 このような超高度情報インフラが加速する時代に、どのようなサービスや商品をインプットすればいいのか、顧客とのコミュニケーションのあり方が重要課題になります。
超高度情報編集時代を迎えています。是非、SX(目的)とDX(手段)を結合して、将来のありたい姿から「リアル空間(地)とデジタル情報(図)」を自在にイメージしてみてください。
次の経営のステージに“正解”はありません。たいへんなのですが、アンテナを高くして、SXとDXを結合して、自ら構想して創造する時代に入っています。
図3 地図
次回のトピック
→両利きの経営
執筆者
橋本元司(はしもと・もとじ)
新価値創造研究所代表。SDGs成長経営コンサルパートナー・2030SDGs公認ファシリテーター
パイオニア株式会社で、商品設計や開発企画、事業企画などを経験後、社長直轄の「ヒット商品緊急開発プロジェクト」のリーダーとして、ヒット商品を連続でリリース(サントリー社とのピュアモルトスピーカー等)。独立後、「新価値創造」を使命として、事業再生、事業開発、人財開発、経営品質改革を行い多種多様な企業を支援している。
前回は、「キュービタル」という“デジタルの一つ上のレイヤー”から物事を見る方法をお伝えしました。
その“一つ上のレイヤー”という虎の巻の視点を持って、経済産業省の『DX(デジタルトランスフォーメーション)レポート2』をご覧ください。(下記URL参照)
https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201228004/20201228004-3.pdf
“キュービタル”というメガネを通してDXを視ると、“デジタイゼーション・デジタライゼーション”の位置づけや意味がクリアに見えるようになったのではないでしょうか。
ここで、DXのポイント理解のために、レポート2の後半に記載されている「DXの構造」(図1)や「DX成功パターン」(図2)をアップします。
上記二つの図と第8回コラムに記した私の実体験を合わせて、「デジタイゼーション・デジタライゼーション・デジタルトランスフォーメーション」を整理してみます。
1.デジタイゼーション:アナログ・物理データのデジタルデータ化
①カーナビでは、地図を電子データ化すること
②製造現場では、仮想化を見据えシミュレーション及び遠隔で制御可能な製造装置の導入
③身の回りでは、ペーパーレス、リモート会議、モバイルワーク等
2.デジタライゼーション:個別の業務・製造プロセスのデジタル化
①カーナビでは、ディスプレイ内の地図とGPSからの位置情報のマッチング
②製造現場では、職人の技術のデータ化や製造プロセスをシミュレーションする製品の導入
③身の回りでは、PCでの作業の自動化:RPA(Robotic Process Automation)
3.デジタルトランスフォーメーション:
(1)組織横断/全体の業務・製造プロセスのデジタル化、
(2)“顧客起点の価値創出”のための事業やビジネスモデルの変革
①カーナビでは、リアル空間とデジタル情報のマッチング
②遠隔地にある製造装置に対して直接出力するビジネスモデルへ変革
③メディアでよく取り上げられるのがコマツ社の取り組みが参考になります。(下記URL参照)
https://www.komatsu.jp/ja/-/media/home/ir/library/results/2019/ja/03_komatsudx.pdf?rev=3a8d1d7507834eeebe9ecfb809f0b75a&hash=1310E76BCADA5A49F8AE67D8E76CF12B
“DX”はビジネスモデルやライフスタイルの変革につながりますが、DXは目的ではなく目指す姿を実現するための手段です。
その上で、“DX(=キュービタル)”の目的を自社の“SX”のありたい姿に設定すると、実現したい世界が浮かび上がってくる可能性が高まります。
① “SX(目的)とDX(手段”)の結合
② “リアル(アナログ)空間とデジタル情報”を結合
SXの持続可能な将来のありたい姿を北極星にして、上記二つを結合することが成長経営の本丸です。その実現のために必要な道具が、“デジタイゼーション”、“デジタライゼーション”という位置づけになります。
取組みの順番を整理します。
・SX→DX→デジタライゼーション→デジタイゼーション
図1 DXの構造
図2 DX成功パターン