2022年8月号「米国過去最大の気候変動対策新法と活気づくスタートアップ」
Delta Pacific Partners 川口 洋二氏がお届けするシリコンバレーレポート。今号ではアメリカで成立した「インフレ抑制法」に盛り込まれた気候変動対策のスタートアップへの影響について解説しています。
米史上最大の気候変動対策が盛り込まれた「インフレ抑制法」
クリーンエネルギー
今回の気候変動対策では、クリーンエネルギー関連の米国内での製造に対して約600億ドルのインセンティブが提供される。ソーラー、風力、地熱発電、バイオ燃料、原子力等の分野で、米国内のエネルギー生産を拡大する大きな機会となる。原子力に関しては、小型原子炉や核融合等の新しい技術だけでなく、原子力施設の使用期間を延ばすことに与えられるインセンティブもあり、既存の原子力関連企業の成長も後押しする。
太陽光発電については、これまでも商業用および住宅用の消費者がソーラーシステムを購入する際に26%の税額控除を受けられていた。今回の新法ではエネルギー効率を上げる対策を行った消費者には、かかった費用に対して最大30%の税額控除が与えられる。さらに重要なのは、最大30%の税額控除が10年続いて受けられる、ということで、これまでの短期間のインセンティブだとスタートアップは長期的な事業計画を作るのが難しかった。10年間の税額控除が継続して得られれば、投資家も見通しがつき投資がしやすくなる。特に気候変動対策のスタートアップはソフトウェアだけでなく化学、バイオ、ハードウェア等、時間がかかるサイエンスや技術開発に取り組むことが多く、長期の計画が立てられる今回の気候変動対策は追い風となる。
再生可能エネルギーにシフトする中で、米国では資金が大幅に不足し、ほとんど無視されてきた水素エネルギー産業にとっても、新法の生産税額控除は、「ゲームを変えるほどの後押し」になるとWolf Research社は主張している。
カーボンキャプチャー(二酸化炭素回収)
カーボンキャプチャー(二酸化炭素回収)や温室効果ガスを地下に貯留することに取り組む企業にも、新たに大きな補助金が提供されることとなった。発電所や産業施設等からの排出において、含有率の低いCO2を他のガスから分離、回収して地下に貯蔵するには莫大なコストがかかる。今回の補助金により、炭素回収が好奇心的な取り組みから経営の優先事項へと変化しつつあり、新法はゲーム・チェンジャーだと考えるスタートアップ経営者も多い。また、新興企業だけでなく、レガシーな石油関連企業にとっても、この政府補助金によりカーボンキャプチャーに取り組むモチベーションが高くなる。
具体的には、新法では産業施設等から二酸化炭素を回収するための補助金を現在の1トン当たり50ドルから85ドルに引き上げる。天然ガス処理施設やセメント工場など、二酸化炭素濃度が低い産業施設から二酸化炭素を回収するプロジェクト等、これまで投資に見合わなかった多くのプロジェクトが、財務的にリターンを出せるようになる可能性がでてくる。また、税額控除を受けるための手続きを簡素化し、小規模の二酸化炭素回収プロジェクトも補助金の対象となる。鉄鋼、セメント、化学材料の製造工場の排出を削減するスタートアップや、粉砕したミネラルで大気中のCO2を吸収するようなスタートアップ等が恩恵を被る。
図1. クライムワークス社の二酸化炭素回収装置(https://climeworks.com)
電気自動車
電気自動車に関するこの法案の基本的な目的は、EVを購入しやすくし、EVへの移行を拡大させることである。EVの購入者に最大$7,500の税金控除を提供する。EVメーカーが最初に販売する20万台の電気自動車には、すでにクレジットが設定されている。このため、テスラやGM等の電気自動車を大量に販売し、電気自動車排出枠を使い切っている企業にはメリットが大きい。EVメーカーが好影響を受けるため、関連分野であるEVチャージング・インフラ企業等も恩恵を受ける。
リチウム電池
リチウム電池に関しては、米国内生産への需要と支援が劇的に増加すると予想されている。電気自動車排出枠の適用を受けるためには、北米で採掘またはリサイクルされた鉱物を使って北米で製造された電池を搭載しなければならないという条件がある。現在、鉱物、部品等を中国から調達している一部の自動車メーカーにとっては困難な課題となる可能性がある。
レガシー石油・ガス
最後に、モルガン・スタンレーは、この法案が石油・ガス会社に好影響を与えると、高く評価している。多くのレガシー石油・ガス会社が炭素回収技術に多額の投資を行っており、本新法でそれが報われることになる。
(以上)
参考
・The Inflation Reduction Act’s Energy Winners and Losers
・The Inflation Reduction Act Includes a Bonanza for the Carbon Capture Industry
・How the Inflation Reduction Act will supercharge climate tech startups
今月、米国で「インフレ抑制法(Inflation Reduction Act)」が成立した。薬価引き下げ、大企業の法人税引き上げに加え、3,740億ドルに及ぶ米史上最大の気候変動対策が盛り込まれた。米国の温室ガスを2030年までに2005年と比較して約40%削減する。以下、気候対策の主要な分野について各分野のスタートアップへの影響をまとめる。