2024年3月号
シリコンバレーで始まったソフトウェア技術者の雇用環境の変化

シリコンバレーレポート

シリコンバレーを中心に、ソフトウェア技術者を襲う人員削減の波

2022年から始まったテック関連企業のレイオフが止まらない。2月にはスナップチャット・アプリを開発するSnapが全社員数の10%相当の社員をレイオフ、翌日にはサンフランシスコに本社を置くデジタル署名のDocuSignが6%に当たる400名をレイオフすると発表した。同じくサンフランシスコが本社でID認証のOktaはその前の週に7%に当たる400名のレイオフを発表した。シリコンバレーの通信機器大手Ciscoは従業員の5%削減を計画している。エクスペディアは2月だけで9%の人員削減を発表した。経営の効率化を目指すAmazon、Google等の大手テック企業も引き続き人員を削減している。

これまでソフトウェア技術職が高く評価され、ソフトウェアが席巻し他の職種を圧倒する立場だったが、現在ではAIがその優位性を覆そうとしている。
Layoffs.fyiのデータによると、近年ソフトウェア技術者のレイオフが目立っており、特にシリコンバレー地域でその傾向が顕著である。この厳しい状況はパンデミック後の急速なDXの進展に伴う過剰採用による調整だけではない。AI の台頭が、ソフトウェア開発者の雇用環境に大きな変化をもたらしつつあるのだ。

図1.テック関連企業のレイオフの状況(赤:レイオフ数、青:レイオフした会社数、ソース:Layoffs.fyi)

AIスキルの獲得はますます重要に

米国国勢調査局によると今年2月にシリコンバレーのベイエリアの企業の9%がすでにAIを利用していると回答している。米国全体ではまだ5%強に過ぎない。AIの活用が進むシリコンバレーでテクノロジー関連技術者の採用の変化の兆候が現れ始めた。企業がAIの活用のために予算と必要なソフトウエア開発者、および人員配置を見直していると予想される。AI関連の技術者でなければ、これまでのような高い給与を得ることが困難になっている。

テクノロジー関連技術者の失業率は米国全体の失業率 3.9%より高いレベルに留まっている模様である。最近一時解雇された情報技術関係の技術者は、自分のスキルと期待している給与額に隔たりがあり、新しい仕事を見つけるのに苦労しているという。ソフトウェア技術でもAI関連でなければ需要が低く、給与が下がっている。
AIに関するスキルの不足と期待給与の違いの組み合わせで、今年創出されるIT関連の雇用は減少する可能性が高く、米国のIT関連雇用市場は2024年に大幅に縮小すると予測されている。特にエントリーレベルの技術者は、自動化やAIの応用が進みつつあり、職業の募集が少なくなっている。

AIの進化にも関わらず、初級レベルのプログラマーでも、すべてが失われるわけではないという意見もある。
人気の高いプログラミング言語である Python や需要の高い AI スキルを習得することは、想像するほど難しいことではない。AI モデルを構築するためのプログラミング言語やデータベースの学習などは、プログラミングの経験のある人にとって数週間程度でマスター可能という。テクノロジー業界での経験がほとんどない、またはまったくない人でも、身につけることは可能と言われている。

例えば、Salesforce のオンライン学習プラットフォームである Trailheadを活用する人も増えている。TrailheadはAIコースを用意し、あらゆるレベル、あらゆる業種の人が、すぐにAI の学習を始められるようになっている。
企業はAIを実際の職場に導入する段階に移行し始めており、それに対応できるAIスキルが求められている。

AIプログラマーの出現

一方で、AIの進化も早く、AIはこれまでプログラマー(人)がソフトウェアを書くのを支援するアシスタント的な役割だったが、プログラミングを自分で行う実ワーカー的なAIも出現している。
今年1月にスタートしたCognition AIはソフトウェア プロジェクト全体を自分で引き受けて完了する。Open AI、マイクロソフトのCoPilotの先を行くことを目指している。同社のAIプログラマー「Devin」は自然言語でプロンプトを通してジョブを与えると、Web サイトやビデオゲームを作成してくれる。例えば、「東京のすべてのフレンチ・レストランを地図上に示すウェブサイトを作成して。」というジョブを与えると、Devinが検索を実行してレストランを見つけ、その住所と連絡先情報を取得し、これらの情報を掲載するWebサイトを作り、公開してくれる。

Devinは自分で作成したプログラムをテストしながら、自分でバグを見つけて修正する。思った通りに動作しない場合は、AI に問題を修正するように指示することができる。現在のほとんどの AI システムは、このような長いジョブ中に一貫性を保ち、タスクを実行し続けることができないが、Devin は軌道を外れることなく、数百、数千のタスクを実行し続けることができるという。OpenAI の GPT-4 などの大規模言語モデル (LLM) と強化学習技術を組み合わせる独自の方法により、これが可能になった。Cognition AI以外にもAIプログラマーに取り組んで来るスタートアップは存在し、競争が激しくなっている。

AIによるプログラミングも進化しており、AIや自動化によって置き換えられた労働者が新たなスキルや価値を獲得し、より創造的で意義のある仕事に参加できるかが課題となる。

(以上)

 

参考:

https://www.challengergray.com/blog/job-cuts-jump-in-february-2024-ytd-cuts-down-8-over-last-year/
https://www.wsj.com/articles/tech-job-seekers-without-ai-skills-face-a-new-reality-lower-salaries-and-fewer-roles-db63f6e0
https://www.latimes.com/business/story/2024-03-20/for-hard-hit-tech-workers-ai-is-a-silver-lining
https://www.bloomberg.com/news/articles/2024-03-12/cognition-ai-is-a-peter-thiel-backed-coding-assistant

著者

川口 洋二氏

Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。

 
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DXの終焉と 新たな破壊サイクルAXの始まり
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