2024年9月号
原子力とビットコインとAI

シリコンバレーレポート

9月20日、米国スリーマイル原子力発電所が再稼働するというニュースが流れた[i]。米国では原子力発電が再評価されており、連邦政府や州政府からも超党派で原子力発電復活への支持が高まっている。この動きはニュークリア・ルネッサンスとも呼ばれるほど。
一方、4月にビットコインの供給増加率が50%削減されて以来、コスト高に苦しんでいたビットコイン・マイニング企業に復活の兆しが見えてきた。
この両者に共通するのは、AIの普及により深刻化する電力不足への対応だ。

 

[i] https://www.constellationenergy.com/newsroom/2024/Constellation-to-Launch-Crane-Clean-Energy-Center-Restoring-Jobs-and-Carbon-Free-Power-to-The-Grid.html

AIの普及による電力需要の大幅な増加

AIのチップの電力消費を効率化するために多くの改善努力が進められているが、チップの需要量とその電力消費は膨大である。さらに、時間の経過と伴にAIの成長が加速することで、米国を含む世界中で電力が大幅に必要になると予測されている。

5月に発表されたゴールドマン・サックスのレポートによると、AIの進展によりデータセンターの電力需要が2030年までに160%増加する見込みである。現在、データセンターが米国の総電力需要に占める割合は3%だが、2030年にはその割合が8%に達する、と予測されている。

マッキンゼーの最新の予測[i]によれば、米国のデータセンターにおけるIT機器からの長期的な電力需要は、2024年の25GW(ギガワット)から2030年には80GW以上に達すると見込まれている。特にAIのデータセンターは安全保障上の観点から、国内に設置する必要があり、国内での電力供給の増加が求められている。

[i] https://www.mckinsey.com/industries/private-capital/our-insights/how-data-centers-and-the-energy-sector-can-sate-ais-hunger-for-power

送電まで7年かかると言われた企業も

電力が必要なら、電力会社に頼んで電線に繋いでもらえばいい、という単純な話ではない。新規の大量電力消費者をすぐに送電網に接続するのは、電力会社にとって容易なことではない。送電システムの計画は長期間にわたって進められており、電力会社に対して、「100メガワットが必要なデータセンターを送電網に接続したい」と依頼しても、簡単に受け入れられない。

米国のバージニア州は、アマゾン、グーグル、マイクロソフト、メタなど、多くのIT企業がデータセンターを設置し、同州は米国で最大のデータ集積地となっている。そのバージニア州ラウドンカウンティでは、電力会社がデータセンターへの接続を希望する企業に対し、接続には7年見ておくようにとの通知を出した。AIハイテク企業にとって、7年はあまりにも長すぎる。

電力源として注目される原発とビットコイン・マイナー

AIが成長エンジンである米国ハイテク企業が解決策として注目したのが、原子力発電とビットコイン・マイナーである。

原子力発電は、温室効果ガスを排出せず、24時間安定して電力を供給できる強みを持つ。
一方、ビットコイン・マイナーは既に電力会社の送電網に接続されており、新たに契約を結ぶ手間や時間を省ける点で魅力的である。特に大手のビットコイン・マイナーは、大量の電力を取り込み、それをコンピューティングパワーに変換する大規模な施設を保有している。

ビットコイン発掘から電力インフラ販売へ事業シフト

今年6月、ビットコイン・マイナーのコアサイエンティフィック社がAIクラウドプロバイダーのコアウィーブ社と12年間で37億ドルの売り上げ規模となる契約を結んだと発表した。8月にはその契約額が67億ドルに増加すると発表した。

GPUに特化したクラウド・プロバイダーのコアウィーブ社にはエヌビディアが出資している。コアサイエンティフィック社は今年1月には倒産寸前だったが、仮想通貨マイニングの一部をAIデータセンターのインフラストラクチャーに変更して再生した。今回、コアウィーブのサポートのため、追加で112メガワットのインフラを提供する。

ビットコインマイナーの大手数社は大規模なサイトを所有している。たとえば、ビットコインマイナーの上場企業を合計すると、米国に 4,000 メガワットを超える敷地があり、3 ~ 4,000 メガワットが建設中である。大手ビットコインマイナーの多くが、AIデータセンターの機会を模索・検討していると述べている。ビットコイン採掘からAIハイテク企業への電力インフラ販売への事業シフトが起きている。

原発直結のデータセンターを購入したAWS

もう一つの解決策である原子力発電は、ゼロカーボン、再生可能エネルギーで、かつ昼夜、季節、天候によらず安定した電力を継続的に供給できる。また、膨大な量の電力設備を備えており、広大な敷地、セキュリティ、豊富な水を備えている。さらに重要なのは、データセンターとの電力接続に必要な時間が従来の送電網接続アプローチよりもはるかに速く、AIハイテク企業にとって魅力的なソリューションとなっている。

今年3月、アマゾンの子会社AWSがタレン・エナジー社から960 メガワットの原子力データセンター・キャンパスを6億5000万ドルで購入したと発表した。
このデータセンター・キャンパス(敷地面積は1,200エーカー)はタレン・エナジーが近くに所有する2.5ギガワットの原子力発電所から直接電力を得ている。アマゾンはデータセンターのために大量の電力を必要としており、タレン・エナジーは原子力の安定した需要家を必要としていたため、両者の利害関係が一致した。
アマゾンは、パリ協定より10年早い2040年までにネットゼロカーボンを達成するという野心的な目標を設定し、2025 年までに(同社の元の目標の2030年を5年前倒し) 100% 再生可能エネルギーで事業を運営する計画をもつ。
気象条件に依存してしまう風力および太陽光エネルギープロジェクトを補完するために他のソースも検討しており、今回の取り組み(原子力発電の活用)もその一つである、と述べている。

スリーマイル島の電力はマイクロソフトに

冒頭のスリーマイル島の再稼働は、マイクロソフトのデータセンターに電力を供給するためのもので、原子力発電所を運営するコンステレーション・エナジー社は原子力発電所の改修に約16億ドル投じ、28年までに稼働を開始する。
マイクロソフトは再稼働した同原発から20年間にわたり電力供給を受ける。メルトダウンにより1979年に閉鎖された2号機は再稼働されない。

今回、コンステレーション・エナジー社は原子力発電所の名前をクレーン・クリーン・エネルギー・センターに変更する。

スリーマイル島 マイクロソフト

図1.   スリーマイル島の原子力発電所(コンステレーション社WEBより)

期待される小型モジュール型原子炉

規模な原子力発電所をゼロから構築するのは難しい。

米国、フランス、フィンランド、中国など、世界中でこれらのプロジェクトが進められてはいるが、予算を大幅に超過し、予定より大幅に遅れている。また、新しい技術として核融合の開発も進められているが、まだ時間が必要である。

そこで、米国で期待されているのは小型モジュール型原子炉(SMR:Small Modular Reactors)である。SMRの出力は最大300MWeで、現在の米国の典型的な原子炉の約 3 分の 1 の規模である。SMRはよりシンプルで製造が簡単で、多くはプレハブ式でできる。SMRはいくつかの部品に分けて事前に製造され、その後現場で組み立てられるため、大規模プラントの問題である資本コストを削減することができる。原子力業界では、米国で小型モジュール型原子炉が商業化されるのは2030年代になるという見方が多い。

2024年9月10日、オラクル社会長兼共同創設者のラリー・エリソン氏は、ギガワットを超える電力を必要とするデータセンターを設計していると語った。このデータセンターには 3 基のSMRが搭載される予定で、すでに建設許可を取得しているとのことである。

グリーンテックの皮肉な現実

環境破壊の問題から化石燃料依存からの脱却を目指し、グリーンテックに注力してきたシリコンバレーを中心としたハイテク企業やスタートアップが、今や自らが開発した生成AIによって、化石燃料に支えられた電力に依存しているのは皮肉な現実である。
原子力発電は有力な解決手段の一つだが、太陽光や風力発電、そしてそれらを蓄えるための電池技術の開発も今後ますます重要となるだろう。

 

(以上)

著者

川口 洋二氏

Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。

 
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