2025年1月号 トランプ政権とシリコンバレー:テック業界の新時代の幕開け

シリコンバレーレポート

米国時間1月20日、ドナルド・トランプが米国の第47代大統領に就任した。この歴史的瞬間に注目を集めたのは、テスラのCEOイーロン・マスク、アップルのCEOティム・クック、アルファベット(グーグル)のCEOスンダル・ピチャイテック、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス、メタプラットフォームズ(フェイスブック)のCEOマーク・ザッカーバーグ等、巨大テック企業のリーダーたちが一堂に会したことだ。大統領の就任式では、彼らがトランプの真後ろに並び、副大統領や新内閣のメンバーたちと共に注目を浴びた。

トランプは会場に入ると、クックと握手した。火星に星条旗を立てるというビジョンを語ると、マスクは両親指を立て、満面の笑みを浮かべた。この瞬間は、シリコンバレーとワシントンの関係性の転換を象徴しているように感じられた。これまでシリコンバレーは政治に距離を置く姿勢が強かったが、トランプ政権はテック企業との密接な関係を重視しており、新しい時代の幕開けを予感させる。

各CEOとトランプの関係

トランプとの関係は各CEOによって異なる。特に注目されるのは、イーロン・マスクだ。
彼はいち早くトランプの支持に回り、トランプ陣営に2億5000万ドル以上を寄付し、新政権で政府効率化局(DOGE:Department of Government Efficiency)の共同議長に就任した。マスクはトランプのマール・ア・ラーゴ邸宅にある別荘に住んでいるとも噂され、その密接な関係は日を追うごとに深まっている。
アップルのティムクックは何度もトランプと会い、戦略的にアプローチしてきたとされる。クックはトランプの性格を理解し、会う際は話題を一つに絞り、目標達成に向けて議論を行っていた。
クックとマスクのスタンスは、トランプとの関係性において少し異なるようである。クックは、大統領就任式でトランプとJDバンス副大統領のすぐ後ろという格好の場所を与えられていた。

逆に、マーク・ザッカーバーグは過去に反トランプ的な立場を取っていたが方針転換し、トランプとの関係改善に動いている。
2021年にトランプの支持者が議会議事堂を襲撃した際、Facebookはトランプによる投稿を禁止し、トランプはこれを批判した。また、トランプは今回の選挙期間中に、ザッカーバーグが選挙に不利な影響を与えようとした場合、同氏を罰すると脅していた。
ザッカーバーグはトランプとの関係改善を目指して、昨年12月にはトランプの就任基金に100万ドルを寄付した。また、今年に入ってFacebookのファクトチェックを撤回した。
ジェフ・ベゾスも長年トランプと敵対していたが、当選後は前向きの姿勢をとっている。

シリコンバレーのベンチャーキャピタリストとトランプ政権

シリコンバレーの影響力は、単にテック企業のCEOたちにとどまらない。
ベンチャーキャピタリストや起業家たちも、トランプ政権との関係を築いており、今後、ベンチャーキャピタリストが政策決定において大きな影響力を与えることになるとも言われている。

トランプ政権に関わっている起業家やキャピタリストは、多くがイーロン・マスク、ピーター・ティール、PayPal(ペイパル)と関係している。マスクとティールは、決済会社のペイパルの立ち上げに関わり、著名な技術系起業家やベンチャーキャピタリストで構成されるいわゆるペイパルマフィアの一員である。

ピーター・ティールは米国国防総省や警察、企業向けのデータ分析を専門とするパランティア社の共同設立者である。マーク・ザッカーバーグやジェフ・ベゾスなどがトランプを公然と批判していた2016年に、スタートアップ業界で先陣を切ってトランプ氏の支持に回った。

JDバンス副大統領は、以前はベンチャーキャピタリストで、ティールから指導を受けていた。AIと暗号通貨の長官に起用されたデビッド・サックスは、ペイパルマフィアで、ベンチャーキャピタリストで、ピーター・ティールのスタンフォード大学での友人である。経済成長・エネルギー・環境担当国務次官に選ばれたジェイコブ・ヘルバーグは、現在パランティアの上級顧問を務めている。

ワシントン・ポスト紙がトランプ政権の形成に貢献している、と報じた[i]マーク・アンドリーセンは、シリコンバレーのベンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)の共同創業者で、ブラウザのネットスケープ社の創業社でもある。a16zのベンチャーキャピタリストだったスリラム・クリシュナはトランプのAIの政策顧問に指名された。a16zはWeb3やクリプトの旗振り役で、同分野のスタートアップに投資をする巨大なファンドを運営している。

アンドリーセンは、バイデン政権による仮想通貨やその他のテクノロジーに対する弾圧により、数十億ドル規模の同社の投資ポートフォリオが危険にさらされるのではないかと懸念していたと、ポッドキャストのインタビューで述べている。

[i] https://www.washingtonpost.com/politics/2025/01/13/andreessen-tech-industry-trump-administration-doge/

トランプ政権とテック業界の未来

シリコンバレーのベンチャーキャピタリストは、トランプを明確に支持しない人も含めて、トランプ政権はスタートアップ業界にとって有益だと考えている人が多いようである。

その理由は、仮想通貨やAI、エネルギー分野での政策が、テック業界の成長を促進すると見られているからである。投資により得られる成功報酬であるキャピタルゲインに対する増税の回避(民主党はキャピタルゲインの増税を主張していた)も投資家には大きい。また、独占禁止法の軽減で巨大テック企業などのスタートアップ企業の買収が増え、投資家へのリターンの増加も可能になる。

特に、防衛関連のディフェンス・テックのスタートアップにとっては追い風となる。高度な自律システムを開発しているアンドゥリル・インダストリーズの創設者であるパーマー・ラッキー氏は、トランプ氏が正式に立候補を表明する前からの支持者であり、次期国防長官を含むポストに就く人材の選定を担当する政権移行チームと連絡を取っていると語っていた。

さらに、宇宙技術と政府の無駄と非効率を削減する改革を含む大胆なプロジェクトに熱意を持っている。政府のデジタル・トランスフォーメーションをAIで進める。シリコンバレーのベンチャーキャピタリストの中には、製造業を復活させ、自動車産業を再建し、火星に星条旗を立てることにとても興奮していると述べている。

グリーン・テックへの影響

気候変動の解決を目指すグリーン・テックの分野はどうなるのだろうか?

トランプ政権下での環境政策については懸念も多い。しかし、シリコンバレー内では、エネルギーの自立とエネルギーの回復力を目指した政策に期待する声もある。そのためには石油・ガスの他にも、原子力、地熱、太陽光、水力を中心に、多くのクリーンエネルギーに頼らざるを得ない、と考えられている。

ディープ・テックへの影響

トランプ政権の中国、カナダ、メキシコ等への関税政策や貿易戦争がスタートアップ業界に与える影響も無視できない。米国のディープテック・スタートアップの製造は多くがメキシコで行われており、スタートアップは価格を上げざるを得ない状況になる。これまでのビジネスモデルが崩れ、経営が厳しくなる可能性がある。

終わりに

ドナルド・トランプの再任によって、シリコンバレーのテクノロジー業界は一層政治と密接に結びついていくと予想される。テック業界のリーダーやベンチャーキャピタリストたちは、トランプ政権の政策に大きな影響を与え、米国の未来を形作る重要な役割を担うことになるだろう。

 

(以上)

著者

川口 洋二氏

Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。

 
お役立ち資料

DXの終焉と 新たな破壊サイクルAXの始まり
(アーカイブ配信)

資料をダウンロード(無料)