2022年7月号「景気減速懸念で変化する米国スタートアップのHR戦略」

シリコンバレーレポート

Delta Pacific Partners 川口 洋二氏がお届けするシリコンバレーレポート。
今号ではスタートアップ企業のHR戦略やそのソリューションについて詳しく紹介しています。

 

リモート採用や技術者重視が進む米スタートアップ

景気の減速懸念が強まる中、米国のスタートアップの経営者は事業の成長を維持しながら、大きな支出項目である人件費をいかに抑えるかという経営課題に直面している。Carta社は米国スタートアップ社員12万7千人の今年上半期の採用関連データを分析し、6月末に結果を報告した 。リモート採用の急増、居住地に応じた給与調整、技術者重視、そして解雇の増加が判明した。

リモート採用については、今年に入って米国ベンチャーの新規採用者の大半(62%)がリモート勤務(オフィスのある州外での勤務)という結果となった。2019年時点では、新規採用者のリモート率は約35%に過ぎず、大きく増加した。2017年と比較すると2倍増加となっている。

給与額については、居住地調整が主流になっており、大多数の企業(84%)が、報酬体系を決定する際に従業員の所在地を考慮している。シリコンバレー(サンフランシスコとサンタクララ/サンノゼエリア)、ニューヨーク、シアトルが報酬が多い都市圏となっている。中西部は遅れを取っており、シカゴを拠点とする社員のみ、上位報酬の90%程度の給与を得ている。ただ、リモートワークの普及に伴い、給与水準は上位報酬都市圏レベルに徐々に近づく傾向が見られた。理由は、例えばサンフランシスコ勤務の社員が中西部に転勤しても同じ程度の給与を維持している模様で、また、地域に閉じた採用競争から全国区での社員の取り合いになったため、と考えられる。

スタートアップは技術者確保にますます重点を置くようになっている。企業価値が約1から10億円の比較的創業初期のベンチャーでは、給与総額の半分近くを技術部門が占めている。また、年間給与が50万ドル(6,700万円)以上の高給社員の40%以上が技術者で占められている。

今年になってベンチャーの解雇も増加している。2022年5月の退職者のうち、非自主的な解雇が29%を占めた(残りは従業員の意思による退職)。これは、2021年8月の解雇率15%のほぼ2倍にあたる。2021年のパンデミックブームの恩恵を受けて大型調達した企業も、プレッシャーを感じている。特にレーターステージで企業価値の評価額が下がり、この環境下で新たな資金を調達することがより困難になっており、解雇を余儀なくされている。

グローバルで人事管理できるソリューションも

スタートアップに限ったことでないが、海外採用も積極的に行われている。リモートの社員の管理について、近年さまざまなSaaSソリューションが提供されており、雇用主は社員がどこにいても生産性を高めることができるようになった。さらにスキルに基づく採用が広がっており、特に技術関連企業の技術のポジションについては、履歴書に書かれている内容よりもスキルレベル(プログラミング技術等)を判定するオンラインでの審査の結果に基づいてグローバルで採用ができるようになった。

グローバルでリモートワーカーを採用し、給与支払い処理や労務関連、就労手続き等の人事関連処理を支援するソリューションも利用されている。例えば、オイスター社はHRテック・プロバイダーとして、顧客の企業に代わって海外社員に給与明細を発行したり、各国で法に則った雇用主としてHR関係の処理を行っている。オイスター社が自社で世界各国に登記した組織を持ち、各国の給与支払い、福利厚生、コンプライアンス等の規則や規制に遵守しており、企業はオイスターのソフトウェアプラットフォームを利用するだけである。オイスター社は4月時点で月に1万2千もの採用を支援している。採用の20%が技術関連のスキルに基づく採用になっている。オイスター社は創業2年余りで社員数は約500名、企業価値は1千億円を超え、今年4月に約200億円を調達したと発表した。

新しい働き方における従業員の健康管理

リモートやハイブリッドといった新しい働き方が増えるにつれ、社員のパフォーマンス、エンゲージメント、モチベーションを高め、健康を第一に考えた個別のサポートやソリューションも必要となってきている。社員が個別に様々な相談ができるコーチングプログラムも利用されている。また、社員が仕事、経営者、会社に対してどう感じているかをトラッキングし、社員のセンチメントを測定するパルスサーベイ(短期、継続的に繰り返す社員満足度調査)は必須になってきている。

リモート環境では、企業によるメンタル面のサポートも重要になる。医学的裏付けのあるツールや訓練を通じて、社員が自分のメンタルヘルスを積極的に測定・管理できるようにするプラットフォームや、企業が集約・匿名化したデータを分析し、職場のウェルネス戦略にきちんと情報を提供できるようにするITツールなどの需要も高い。

スタートアップの採用、HR戦略も変化しており、それを支えるITソリューションも新しく生まれている。景気減速懸念がスタートアップの筋肉質な会社経営への変化を促している。

(以上)