2022年9月号「EVのバッテリー材料をめぐる技術競争」

シリコンバレーレポート

Delta Pacific Partners 川口 洋二氏がお届けするシリコンバレーレポート。今号では電気自動車の普及につれて高騰するリチウムについてのレポートです。

 

高騰する価格、激化する確保競争

電気自動車の普及において、リチウムをはじめとするバッテリー材料の供給不足が懸念されている。サプライチェーンのボトルネックによってリチウムの供給が圧迫され、World of Statisticsによるとリチウムの価格は2012年に1トン当たり4,450米ドルだったのが2022年には78,032米ドルと17.5倍に跳ね上がっている。Benchmark Mineral Intelligence社のデータでは、炭酸リチウムの中国での価格は今月中国元ベースで3月に記録した最高値にほぼ並び、一年で約4倍に高騰した。中国の3分の1のリチウム処理能力を持つ四川省のサプライヤーの工場が熱波による停電で数日間閉鎖に追い込まれたことも価格高騰の原因となっている。リチウムイオン電池の80%以上は電気自動車に利用されており、2030年には90%に上昇すると予測されている。

電気自動車メーカーのリチウムの供給確保の競争は激化しており、リチウムの不足が電気自動車の普及を妨げるという懸念が深まっている。イーロン・マスクは今年の4月、テスラのリチウム採掘業への参入もありうるとツイートした。

炭酸リチウムの価格推移

図1炭酸リチウムの過去5年間の価格推移(中国元)
(Trading Economics, https://tradingeconomics.com/commodity/lithium)

テスラがリチウム精製工場の建設を検討

 中国のリチウム価格の高騰をうけ、各自動車メーカーは二大産地である中南米とオーストラリアでリチウム確保に着手している。しかし、左派の南米政府が自国の天然資源の管理強化をすすめており、プロジェクトが本格化するまでには何年もかかるとみられている。米国とヨーロッパでの採掘も時間がかかりそうで、カリフォルニア州ではリチウム採掘税などの規制や、リチウムの採掘が水の供給に関する影響やその他の環境問題への懸念により、リチウムの供給増を阻んでいる。

世界最大のリチウム埋蔵ウユニ塩湖

図2. 世界最大のリチウム埋蔵量を有すると推定されているボリビアのウユニ塩湖(ソース:https://ja.wikipedia.org/wiki/リチウム)

 そのような環境の中、テスラが電気自動車用バッテリーの生産を支えるリチウム精製施設を米国内、テキサス州とルイジアナ州のメキシコ湾岸に建設することを検討していることが明らかになった。テスラは、プロジェクトの実現可能性を評価中であるが、テキサス州の候補地では、早ければ今年の第4四半期に着工し、2024年の第4四半期までに商業運転を開始すると言われている。この精製施設では、原料鉱石をバッテリー生産に使用できる状態に処理をし、得られた水酸化リチウムをトラックや鉄道でテスラの各電池製造拠点に輸送する。

テスラのリチウム精製プロセスは危険性の低い薬品を使用し、従来の製法に比べて環境に優しく、また副産物は再利用可能とのことである。イーロン・マスクも指摘しているように、リチウム供給の大きな課題の一つが、リチウム精製プロセスで、リチウムから電池の極材に使用できる高純度の炭酸リチウムと水酸化物リチウムを精製する必要がある。リチウム精製は中国の他、ロシアでも行われているが、ウクライナ侵攻のため欧米企業から敬遠されており、ほぼ中国の独占状態となっている。イーロン・マスクが「リチウム採掘はお金を掘っているようなものだ」と例えているように、大きな事業機会となっており、最近では北米ベンチャーもリチウム精製技術の開発にしのぎを削っている。

進むリチウムイオン電池のリサイクル

 新しく採掘するのが難しいのであればリサイクル、ということで、リチウムイオン電池のリサイクルの取り組みも活発である。リサイクル分野の新興企業の多くは、古い電池や製造工程で発生するスクラップを分解し、化学プロセスで新しい電池に使用できる部品を生産することを目指している。
米国内で電気自動車の電池の部品が調達されれば中国への依存も抑えられ、最近法律化した米国インフレ抑制法の電気自動車の税額控除の恩恵を受けることもできる。また、新たに採掘を行う場合、環境破壊を懸念した地域住民の反対を受け稼働までに長い時間がかかってしまう場合がほとんどだが、リサイクルではそのリスクが少ない。
コンサルティング会社のBenchmark Mineral Intelligence社は、2030年代半ばにはバッテリー製造のスクラップが業界の投入資源の大半を占めるようになると予測している。

ジャガー・ランドローバーや韓国のSKグループ等が3億ドル以上を投資しているアセンド・エレメンツ社は、使用済みリチウムイオン電池から回収した材料から高度な電池材料を製造する技術を有するスタートアップで、現在ケンタッキー州に最大10億ドルを投じて大規模な工場を建設中である。リサイクルは採掘よりも環境に優しいと考えられており、新興企業は電力、化学物質、水の使用量を抑える必要がある。アセンドの施設は再生可能な電力で運営されており、化学物質も再利用しているとのことである。

リチウム電池のリサイクル

図3. アセンド・エレメンツ社のリサイクル技術による抽出される電池材料
(左から硫酸コバルト、硫酸マンガン、硫酸ニッケル、炭酸リチウム)

 

テスラの元最高技術責任者のJB・ストローベルが経営するレッドウッド・マテリアルズ社は7月、ネバダ州北西部のスパークスに建設中のバッテリー部品生産キャンパスに今後10年で35億ドルを投資する予定と複数のメディアが報じた。昨年夏に約7億7500万ドルを調達し、同社の評価額はおよそ40億ドルとなっている。2025年までに年間100万台余りのEV生産に十分な量の陽極・陰極材料を生産することを目標としている。

 

トロントに本社を置くリサイクル(Li-Cycle)社は、昨年、特別目的買収会社(SPAC)で上場し、市場価値は約10億ドル(9月20時点)となっている。Li-Cycleの低コストで安全、環境に配慮したプロセスにより、リチウムイオン電池に含まれるリチウム、コバルト、ニッケル等の原材料を、バッテリーに再利用できる品質レベルで95%以上回収できるとしている。同社はオンタリオ州、ニューヨーク州、アリゾナ州に施設を持ち、オハイオ州、アラバマ州、ノルウェー、ドイツでの工場建設も計画している。

 

(以上)

 

【参考】