2023年8月号
米国ベンチャー投資、グリーン・インフラストラクチャーに熱視線
8月に発表されたS&Pグローバル・マーケット・インテリジェンスのレポート[i]によると、ベンチャー・キャピタル(VC)とプライベート・エクイティ(PE)が投資した企業の倒産件数が、過去13年で最も高い水準に達していることが明らかになった。2023年上半期、米国内の338社の企業が破産保護を申請した中で、そのうち54社がVC/PEの支援を受けた会社だった。この趨勢が持続すれば、年末までにVC/PE支援の企業の倒産数は108社に達する見通しだ。2020年の95社を上回り、2010年以来の最高値を更新することになるとされている。
図1. 米国のPE/VCの投資先企業の破産申請件数(*2023年は上半期まで。ソース:S&Pグローバル・マーケット・インテリジェンス)
[i] https://www.spglobal.com/marketintelligence/en/news-insights/latest-news-headlines/bankruptcies-among-private-equity-portfolio-companies-on-track-for-13-year-high-76865450
投資を集めるグリーン・インフラストラクチャー
空調機器の効率を高めるスマート・モーター
建物の運用で使用されるエネルギーの中で、空調機器が占める割合は35%であり、そのうちの30%が効率の低い機器や制御の非効率によって無駄になっている。
シリコンバレーのTurnTide社は高効率なスマート・モーターの開発に取り組んでおり、全米18のショッピングセンターにおいて、既存の空調設備のモーターをTurnTideのスマート・モーターに置き換えている。この革新的なスマート・モーター・システムは、スイッチト・リラクタンス・モーターと制御ソフトウェアを組みわせることで、従来にはない効率と信頼性を実現している。
TurnTide社は設立以来、累計で4億8700万ドルもの資金を調達し、世界的な総合不動産大手であるJLLやビルゲイツのBreakthrough Energy、カナダの年金ファンド等、著名な投資家から支援を受けている。
図2. TurnTide社のスマート・モーター(同社Webより)
建物のエネルギー効率向上をワンストップで提供するBlocPower社
BlocPowerは、老朽化した建築物のエネルギー効率向上をワンストップで提供するプロバイダーとして注目を集めている。同社は今年3月に1億5,500万ドルの資金調達を実現した。
BlocPowerはデータ、熱力学モデル、エッジ・コンピューティング等の最新技術を駆使し、ストラクチャード・ファイナンスを組み合わせることで、建築物の電化を推進し、持続可能でスマートな都市環境の実現を目指している。
BlocPowerは地方自治体と連携しながら、ネットゼロ・エミッションの目標に向けた取り組みを進めている。具体的には、ヒートポンプを活用した冷暖房システムの改修等を通じて、建築物のエネルギー効率を向上さえている。
例えば、ニューヨーク州のイサカ市と提携し、アメリカで初めてのネットゼロエミッションを目指す自治体として、住宅1,000棟と商業ビル600棟を電化するプロジェクトを推進している。同様にシリコンバレーのメンローパーク市と協力し、2030年にカーボンニュートラルを達成するという目標に貢献するため、多数の建物の電化を進めている。
この取り組みには、冷暖房および水加熱用のヒートポンプ、電気自動車の充電ステーション、太陽光発電および蓄電池、等の設置が含まれている。
BlocPowerはグリーンインフラ分野の雇用創出にも大きな貢献をしており、ニューヨーク市内の住民3,000人に向けて、市当局、雇用主、地域コミュニティとの協力を通じて、グリーンインフラに関する職業訓練と雇用の機会を提供している。参加者の97%がアフリカ系アメリカ人であり、雇用の均等な提供に力を注いでいる。
CO2排出が大きいセメント業界のグリーン化も加速
セメント、コンクリート関連の新興企業も増加している。セメントは水に次いで世界で最も広く使用されている材料であり、グローバルなセメント産業は総二酸化炭素排出量の8%を占めており、これは航空による排出量を大きく上回っている。
セメント業界を国に例えると、米国と中国に次ぐ世界第3位のCO2排出国となるほどである。
カーボン・ネガティブなコンクリートに取組むPartanna社は、2年前に創立されたばかりであるが、今年5月には企業価値1億9千ドルで1,200万ドルもの巨額のプレシード資金を調達した。
通常、骨材の結合剤であるポルトランドセメントの製造には、石灰石やその他の鉱物を高温で加熱する必要があり、このプロセスによって大量の CO2 が空気中に放出される。
Partanna社は、ポルトランドセメントの代わりに、常温で硬化させた自然由来の成分とリサイクル材料の混合材を開発している。これにより高温加熱が不要となり、CO2の排出を削減する画期的な方法として期待されている。
(以上)
著者
川口 洋二氏
Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。
このような厳しい環境の中、インフラストラクチャーのグリーン化に取り組む建設関連のスタートアップが勢いを増している。2023年上半期に、グリーン・インフラストラクチャーのスタートアップは18億ドル以上の資金を調達することに成功した(Pitchbookのデータ[i])。この数字は、2022年の上半期の12億ドルを上回り、過去最高の資金調達額である。
マッキンゼーの6月のレポート[ii]によれば、世界の温室効果ガス排出量のうち、建築環境からの排出量は約4分の1を占めている。このうち、建設プロセスが約11%、建物運用が約79%、解体プロセスが約10%を占めている。建築環境からの排出量を削減するためには、建設プロセスの脱炭素化、建物運用の効率化、解体プロセスの環境負荷軽減の3つのアプローチが重要となる。
建設プロセスの脱炭素化には、再生可能エネルギーの活用、省エネ建材の採用、リサイクル材の使用拡大などが有効である。建物運用の効率化には、断熱性能の向上、省エネ設備の導入、照明や空調などの使用量削減などが考えられる。解体プロセスの環境負荷軽減には、リサイクル率の向上、廃棄物の削減などが有効である。
[i] https://pitchbook.com/news/articles/green-infrastructure-built-environment-vc-deals
[ii] https://www.mckinsey.com/industries/engineering-construction-and-building-materials/our-insights/building-value-by-decarbonizing-the-built-environment