2023年12月号
米国初商用DACプラント操業開始
-台頭するネガティブエミッション技術-
米国ではカーボンニュートラルを超えてカーボンネガティブの社会を実現するDAC(Direct Air Capture)への投資が進んでいる。DACは植物のように大気中の二酸化炭素(CO2)を回収する工学的技術である。
米国発の商用DACプラントが始動
より進んだ脱炭素“カーボンネガティブ”を実現するネガティブエミッション技術
ネガティブエミッション技術とは、CO2の排出量よりも吸収量が多くなる「カーボンネガティブ」の達成を目指す技術である。カーボン「ニュートラル」とはカーボン(炭素)とニュートラル(中立)を組み合わせた言葉で、CO2の排出量と吸収量が相殺されている状態をいう[i]。
一方、カーボン「ネガティブ」はCO2吸収量が排出量を上回る状態のことで、脱炭素化がより進んだ状況となる。カーボンネガティブを実現するにはCO2の排出力よりも吸収量を多くする必要がある。再生可能エネルギーや省エネなどでCO2排出量を減らすことはできるが、例えば化学品の製造過程では大量のCO2が発生し、吸収しきれないために、大気中に存在するCO2を吸収するネガティブエミッション技術が必要になる。
例えば植林は植物が光合成で大気中のCO2を吸収するため、ネガティブエミッション技術の一つである。自然のプロセスを活用したネガティブエミッション技術には、他に鉱物や海藻によるCO2の吸収、固定化がある。
このような自然プロセスを利用した方法に対して、人為的、工学的な手法も検討されており、DACと呼ばれている。吸収したCO2を地下に貯留する技術(CCS:Carbon dioxide Capture and Storage)と組み合わせる場合はDACCSと呼ぶ。DACで実績のあるスイスのクライムワークス社は吸着剤を使って、CO2分子を吸着、捕捉する。その後、100℃ に加熱してCO2を放出させる。
[i] https://www.rd.ntt/se/media/article/0063.html#:~:text=カーボンネガティブとは、産業,が注目されています%E3%80%82
投資や支援が集まるDAC関連ビジネス
Pitchbook社の調査によると、米国のDAC関連ベンチャーへの投資は好調で、直近の2023年第3四半期(7~9月)では投資件数は6件で9,530万ドルが投資された。また、2023年第2四半期(4〜6月)は14案件で1億1,000万ドルが投資され、四半期ベースで過去最高を記録した。
2023年第3四半期(7~9月)における最大の案件は、アブノス社の8,000万ドルのアーリーステージの投資案件だった。同社は、大気からCO2を吸収し、その副産物として水を生成するDAC技術を開発している。
米国連邦政府も過去2年間でDAC関連の支援を大幅に増加している。インフレ抑制法では、DACは他の炭素回収のアプローチと区別され、控除額が二酸化炭素1トン中180ドルに引き上げられ、控除を受けやすくなった。インフレ抑制法に加え、超党派インフラ法により35億ドルの資金が米国内の地域DACハブの設立を支援するために用意された。
この資金は2023年第3四半期(7~9月)に最初に投入され、ルイジアナ州とテキサス州の2つのプロジェクトが、合計12億ドルを獲得した。テキサスのハブは、オクシデンタルに買収されたカーボン・エンジニアリングのDAC技術を活用する。DACハブへ提供される今回の資金は、過去最大規模であるが、今後もさらなる投資が予定されている。
DACの課題はコスト
DAC関連会社にとって、回収するCO2のトン当たりのコストをいかに削減するかが大きな鍵となっている。その一部は技術や製造の規模を拡大することで達成されるものの、技術的な革新が必要となる。
コスト面での大きな要因はDACのプロセスで必要とするエネルギーである。エネルギー源として原子力発電所を利用しDACと組み合わせることも検討されている。DACの運用コストは、炭素の回収だけでなく、回収した炭素の輸送と貯蔵にも左右される。政府による支援は増加しているが、炭素輸送/貯蔵技術に対する支援が遅れている、という点も指摘されている。米国政府は10年以内にDACでCO2トン当たりのコストで100ドル以下を目指している。
また、DACでは二酸化炭素を回収するプロセスが高温か低温かがポイントになる。DACの既存の技術は、低温の固体吸着剤システムと高温の液体溶媒システムに大別される。
低温の固体吸着剤システムは、太陽熱、風力、地熱、原子力発電の廃熱を利用できる。高温の液体溶媒システムは天然ガスに依存する必要があり、コストがかかる点が課題となる。低温材料は必要なエネルギーが少ないものの、摩耗するため、交換する必要がある。高温プロセスでは、必要な温度に達するためにガス燃焼が必要だが、使用される材料は非常に安価ですむ。
いずれの領域でもエネルギー使用量を削減するために技術革新が進んでいる。その他にも、ゼオライトを使用した膜分離や電気スイング吸収、エネルギー効率が高く、低コストの新素材など、様々な新しい技術を持つスタートアップが台頭している。
グリーンエネルギーを利用したコスト削減
CO2は大気中にわずか 0.04% しか含まれていないため、エネルギー使用量を削減する能力には限界がある。クライムワークス社は現在、一桁台前半のエネルギー効率で操業しているが、研究開発を通じてエネルギー効率は20%に達し、規模拡大によるコスト削減と組み合わせることで、二酸化炭素1トン当たり1000ドル近くかかるコストを2029年には400~500ドルまで、2040 年までに 300 ~ 400 ドルに下がる、と同社は予測している。
クライムワークスが2021年にオープンした世界最大規模のDACプラント「オルカ」の建設にアイスランドを選んだのは、回収プラントの稼働に必要な豊富な熱と電力を供給する地熱エネルギーがあるためである。「オルカ」の名目上の CO2 回収能力は年間最大 4,000 トンだが、次に建設予定のアイスランド工場では、操業開始時で年間最大 36,000 トンの CO2 を回収できるとしている。
ルイジアナ州のプロジェクト・サイプレス・プロジェクトでは、安価な地熱エネルギーは利用できず、太陽光と風力エネルギーのグリーン電力を利用する予定である。
図2. クライムワークス社のDAC (同社WEBより)
DACは、気候変動目標を達成するために必須な技術であるとの見方が強まっている。カーボンニュートラルを超えてカーボンネガテイブになるための有力な方法と期待されており、ビジネスモデルも含め、欧米での今後の普及が注目される。
(以上)
著者
川口 洋二氏
Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。
11月にはシリコンバレーのスタートアップのエアルーム社が米国初の商用DACの二酸化炭素回収施設をオープンし、さらに、約37億円規模の契約を受注したと発表した。
DAC技術は2050年のカーボンニュートラルへの実現に必要不可欠で、更に大規模化に成功すれば、大気中の二酸化炭素を産業革命以前のレベルまで削減できると期待されている。
米国は2050年までにDACにより1ギガトンの炭素の回収・貯留を目指している。昨年(2022年)の米国のCO2排出量は4.7ギガトンで、1ギガトンはこの20%以上に相当する。
図1. エアルーム社の米国初の商用DACプラント (同社WEBより)