2024年5月号
スタンフォード大学教授が教える、ベンチャー投資家のマインドセット
投資家でなくとも役立つVCのマインドセット
多くの革新的企業を生み出してきた米国VC
Ilya教授のリサーチによると、ベンチャーキャピタル(VC)は、現在存在する米国最大の上場企業 300 社のうち 5 分の 1 の立ち上げに関わっている。
Apple, Google, Netflix, Airbnb, OpenAI, Salesforce, Tesla, Uber, Zoom, Moderna等は、資金力豊富な大企業に比べて、立ち上げ時はリソースも資金も経験も少なかったにもかかわらず、革新的な事業の立上げに成功した。これらのビジネスは既存の企業から生まれる可能性もあったはずだが、VC によって資金提供されたスタートアップから生まれた。
過去 50 年間に設立された米国最大手企業の 4 分の 3 は、VC の支援がなければ存在しなかったか、現在の規模に達していなかったと推定される。
VCの意思決定プロセス(ベンチャーマインドセット)の例
Ilya教授の研究チームは、過去 10 年間で最も成功したVCについてリサーチを行い、彼らがどのように意思決定を行っているかを分析、調査した。また、企業についても、意思決定に焦点を当てた数多くの実験を実施し、多くの企業の協力を得て、企業のイノベーションの取り組みについて研究を進めてきた。
その結果、成功しているVCの意思決定方法は、大企業で行われているトラディショナルな意思決定方法とは大きく異なることが判明した。従来の意思決定方法は大抵の場合有効なのだが、不確定要素が多くて予想が困難で、失敗のリスクが高い状況や、業界の破壊が起こっている状況ではうまく機能せず、VCの意思決定の方が有効である。
Ilya教授らはこのような環境での意思決定を行うための思考、行動パターンをベンチャーマインドセットと呼んでいる。以下、ベンチャーマインドセットの例を簡単にまとめる。
コンセンサスを形成するのでなく反対意見を重視する
新しいプロジェクトを始める、あるいは会議で何かを意思決定する場合、特に規模の大きい企業では、社内でのコンセンサス作りが大切と考えられている。そして、コンセンサスを形成するために、多くのステークホルダーと何回も打ち合わせを重ね、膨大な資料を作り、多くの時間を費やす。
通常、コンセンサスはいいものと捉えられるが、不安定な環境下ではコンセンサスは危険なものになりがちだ。
Ilya教授の調査によると、運用成績の優れているVCほど投資決定に投資委員会参加者全員が合意することを義務付けていないことがわかった。また、全会一致の承認を必要とする組織は、特に未知数が多く不確実性の高い環境ではパフォーマンスが悪くなる例が多く見られた。
例えば、AirBnBの個人の家に他人を泊める、という事業アイデアに全員が参加することはないだろう。VCが逆張りのアイデアを求めるのは、それが大きな成功、利益をもたらすからである。逆に誰もが成功すると思うアイデアは標準的なリターンしか得られない。標準から大きく乖離しているアウトライヤーを探す必要がある。VCは、投資委員会に参加している1 人だけが大成功の可能性を見抜いている可能性があること、そしてその人の意見に耳を傾けなければならないことを理解している。
VC はその場にいる全員が意見、懸念、競合する視点を共有できるような環境づくりに気を配っており、反対意見が出やすいよう、様々な対策を講じている。例えば、提案事案についてひたすら反対意見を主張するグループをわざと作ったり、一人か二人の判断で最初の投資ができるような仕組みを作っている。逆に反対意見が全くないときは、多くの場合、反対の質問をする意欲がないということで、沈黙は必ずしも同意を意味するわけでなく、その決定事項は大きな問題を孕んでいる、ということで、投資見送りにしたりする。
集団思考の危険性の認識
グループでの議論では、1 つのアイデアに集中してしまい、異なる視点を無視してすぐに一致した意見に飛びついてしまう傾向がある。さらに困ったことに、多くの場合当事者はそのことに気付かない。このよく知られた現象は、特に大企業で蔓延しているという。Zoomのブレークアウトルームで分かれて議論する場合も同じ傾向が見られる。特に役員や上司、専門家のような人がメンバーにいると、そのチームは意思決定に関して合意に達するスピードが早い。
このような集団思考の危険性を避けるための解決策は、これまで社会心理学者等によりさまざまな方法が研究されており、VCはその方法を取り入れている。例えば、チームのメンバーを少なくする(VCの意思決定を行うパートナーは通常3-5人)、職位の低いメンバーから話す(上の人が最初に話すとその意見に影響されてしまう)等である。
100回断る
安定した事業環境では、選択肢の幅は比較的限られており、多くのオプションを考慮する必要はないかもしれない。少しだけ優れているものを見つけるために多大なコストや労力を費やす必要はない。一方で、VCは100件以上の案件を見て1件投資する。数多くのオプションを見ることが重要で、これというものに巡り会えるまでノーを連発する必要がある。
ノーと言う100件について全て同じ時間を使うととても回らなくなるので、いかに時間を費やさずに致命傷を見つけ出して断り、効率的に10%程度まで絞り込むのことが重要になる。絞り込んだ10件については、逆に時間をたっぷり使って深く考察・評価し、1件を選び出し投資を実行する。
人で選ぶ
賢明なVCは、アイデア自身にはあまり価値がなく、アイデアの実行が大きな違いを生むことを知っている。似たようなアイデアに多くの起業家がトライするが、成功するのは 1 人か 2 人だけである。
カリスマ性、リーダーシップの資質、並外れた決断力、適切な経験を備えた人を探す必要がある。
ホームラン狙い。三振は気にしない
安定した環境では、失敗の数を少なくすることが重要である。小さな失敗が致命傷になることもある。
一方で、VC はベンチャー投資の80%が失敗すると見込んでいる。たとえ 20 件のスタートアップ投資のうち19 件が失敗したとしても、1件の投資がホームランとなり、失敗による損失をカバーし、全体として大きなリターンを得るゲームである。
重要なのはホームランで、三振は問題ない。一件当たりの投資で最大損失額は投資額に等しい(1倍)が、リターンが1000倍になる投資案件を逃すと1000倍のリターンを逃すことになる。VCが恐れるのは、失敗でなく、ホームランとなるスタートアップへの投資の機会を逃すことである。
VCはホームランとなるアイデアを探すため、多くの異なる機会に巡り合うように努めている。年齢、性別、職業、国籍など、多様性の受け入れが重要である。
ポートフォリオ・アプローチ
VCは資金を複数のアイデアに分散し、チェックアンドバランスを効かせる。
最初は少額投資で初め、プロジェクトの進行状況を見ながら、うまく行ってないものは切り捨て、うまくいっているものへ追加出資するプロセスとスケジュールを作ることが重要となっている。
そのため、定期的に投資先企業のマイルストーンの達成度について外部の専門家の意見を取り入れ、新しい情報には迅速に対応する。
どのような場面で用いるべきか?
Ilya教授らは、ベンチャーマインドセットの考え方は、すべての意思決定に適用されるべきではない、とも忠告している。例えば、通常業務の予算編成やサプライチェーンの改善などの意思決定の状況には適用されるべきではない。これらの意思決定では、ホームランよりも完璧さが求められる。イノベーションが求められる状況でベンチャーマインドが有効性を発揮する。
Ilya教授は自分の生活でベンチャーマインドセットを活かす例として、例えば飛行機に乗る際、これまでは誰にも話しかけなかったのが、ベンチャーマインドセットを発見してからは、いろんな人に話しかけるようになったと言う。突飛なアイデア(ベンチャーマインドセットの本を書くことを含めて)は多くの人と話すことで生まれるから、と述べている。
(以上)
参考サイト
https://www.gsb.stanford.edu/insights/why-venture-mindset-not-just-tech-investors
https://www.gsb.stanford.edu/insights/art-saying-no-how-closing-wrong-doors-helps-you-open-right-ones
https://hbr.org/2024/05/make-decisions-with-a-vc-mindset
https://www.forbes.com/sites/martinzwilling/2024/05/22/9-venture-capital-principles-for-extraordinary-growth/?sh=1eb92f0d2eaa
著者
川口 洋二氏
Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。
スタンフォード大学ビジネススクールのファイナンス系のIlya Strebulaev教授の新しい本がシリコンバレーで話題になっている。
この本では、リスクが高いスタートアップに投資をして大きなリターンを狙うベンチャーキャピタリストのマインドセットが、実はスタートアップ投資家以外の人、特にあまりスタートアップ投資とは関係ない分野の人の意思決定にも役立つ と述べらている。
ネタバレを防ぐため、詳細は彼の新書「The Venture Mindset: How to Make Smarter Bets and Achieve Extraordinary Growth」[1]をご一読頂くとして、ここではWEBなどで公開されている情報のみを参考に、簡単に一部を紹介する。
[1] https://www.gsb.stanford.edu/faculty-research/books/venture-mindset