2024年6月号
「AI のゴッドファーザー」も関与、AI新素材開発競争

シリコンバレーレポート

 生活の電化、脱炭素化とサステナビリティへの社会的変化に伴い、それを支える新たな素材に対する需要が高まっている。しかし、従来の方法で先端材料を発見するのには時間とコストがかかりすぎるため、化学会社や材料会社はこの需要を満たすための新素材の開発に苦労している。

そんな中、EVバッテリー、半導体、合成燃料、二酸化炭素回収から新薬まで、新素材を発見するのにAIを活用できないか、激しい競争が繰り広げられている。AI とロボットの導入により、材料開発にかかるコストと時間を大幅に削減することが目指されている。

「AI のゴッドファーザー」が顧問を務めるCuspAI社

今月になって、4月に創業したばかりのCuspAI社が著名投資家から3,000万ドル(約48億円)もの大型のシード資金を調達したと発表した。
CuspAIは材料の検索エンジンを開発しており、利用者はどんな機能を持つ材料を探しているか入力すれば、その機能を実現するための材料の化学構成をAIが教えてくれる。同社の技術は、生成AIと分子シミュレーションを活用し、Metaと協力して独自のデータベースを開発している。
まずは二酸化炭素回収のための新材料を生成することにフォーカスしているが、グリーン水素、合成燃料、半導体材料などの分野をターゲットとしている。
同社は、アムステルダム大学の機械学習科学者であり、Microsoft Research の主任科学者も務めたマックス・ウェリング教授と、Googleや量子コンピューティング開発のQuantinuumでの勤務経験があるチャド・エドワーズ博士が創業。元GoogleのAIリサーチャーで「AI のゴッドファーザー」ことジェフリー・ヒントン氏が取締役会顧問を務めている。

何年もかかるプロセスを数か月で実現!?材料発見AIプラットフォーム

Orbital Materials社も電池から二酸化炭素回収まで材料の発見に使用できる AI を活用したプラットフォームを開発している。
DeepMindで材料の研究者だったジョナサン・ゴドウィン氏は、アミノ酸配列からタンパク質の3D構造を予測できるDeepMindのAIを見て、材料開発に応用できないかと考え、同社を創業した。
「Linus」と呼ばれるOrbital Materialsのモデルは、Chat GPTと同様に多様なデータセットがモデルを改良するという思想のもと、電池や半導体、触媒や有機分子に至るまで、材料とシミュレーションの大規模なデータセットで訓練されている。
利用者は自然言語を使って求めている素材の指示を出す。AIがその指示に基づき、3D 分子構造を生成する。指示を最もよく満たすものに到達するまで、繰り返し構造を改良する。同社は、空気から二酸化炭素を回収するための安価で信頼性の高いフィルターを見つけることに成功した、という。

世界中で多額の投資が行われている材料科学と材料工学

米国、中国、インドなど、世界中の国々が材料科学と材料工学に多額の投資を行っている。ジョージタウンの安全保障・新興技術センターが2023年11月に発表した報告書[i]によると、2017年から2023年の間に産業界への米国連邦政府の補助金の提供件数はトップのAI(4,547件:全体の23%)に継ぎ、材料科学は2位(3,221件:全体の16%)だった。中国は材料工学の分野での論文数、雇用、学位などで圧倒的な強さを誇っている[ii]

[i] https://cset.georgetown.edu/publication/spurring-science/

[ii] https://www.axios.com/2023/12/02/ai-robotics-new-materials

Google DeepMindを中心としたオープンイノベーション

昨年11月、Google DeepMindの研究者が、同社のAIツールを用いて200万以上の新しい結晶材料を発見したと発表し、AIの素材開発への応用が世界中で大きな話題となった。
また、AI 誘導ロボットを使用して、新しい化合物の混合と特性評価を自動化したラボ「A -lab」を構築したバークレーラボでは、AIにより操作されるロボットが40以上の新しい材料を作ったと発表した。

「A-lab」では、Google DeepMindのデータベースを部分的に利用して、17日間で、58を試行したのち、41の新しい化合物を生成することに成功したという。ひとつの新しい材料を作るのに人がやれば数か月かかるところを、わずか1日で2つ以上の新しい材料を生成できたことになる。

バークレーラボ

図1.バークレーラボA -Labのロボット (https://ceder.berkeley.edu/research-areas/autonomous-experimentation-for-accelerated-materials-discovery/)

DeepMind の AI アプローチは、Graph Networks for Materials Exploration (GNoME) と呼ばれ、グラフニューラネルネットワーク(GNN)を活用して、原子構造をグラフとしてモデル化(ノードが原子、エッジが結合を表す)、新しい結晶材料の安定性を予測し、材料探索のプロセスを加速させる。
新しい材料の発見プロセスは、既知の結晶に似た候補を生成する構造パイプラインと、化学式に基づくよりランダムなアプローチを使用する組成パイプラインの2つのパイプラインで構成され、これらの予測は、密度汎関数理論(DFT)計算により評価される。予測、評価の学習を繰り返し、構造的に安定した化合物を発見し、実験で検証する。

GNoMeは220 万件の新しい結晶構造を発見し、そのうち38万が十分に安定していると予測されている。これは既知の安定な無機結晶の数から大幅な増加となった。
GNoMeにより新たに発見された材料のデータベースは、研究コミュニティに公開されており、さらなる研究と開発を促進することが目指されている。

AI活用は材料開発のプロセスを劇的に変える可能性

新しい材料を発見する従来の方法は、長い間研究室での時間のかかる試行錯誤プロセスに依存しており、成功するまでに何年もの実験が必要になるケースが多い。
材料に要求される特定の特性を達成するには、対応する物理的および化学的構造を特定するだけでなく、その構造を作り上げるためのプロセスを確立する必要がある。さらに、その用途に応じて、さまざまな条件でストレステストを行う必要がある。

AI は、材料開発のすべての課題を解決できるわけではない。材料を予測することができても、予測から実際の実用的なアプリケーションに結びつけるのは、様々な壁がある。しかし、A Iを活用して、どの特性とプロセスでどの種類の材料が得られるかを理解することで、時間と費用を大幅に節約できる可能性があり、材料開発のプロセスは劇的に変わる可能性がある。今後もAIの進展により、新たな革新的材料の発見が期待される。

(以上)

著者

川口 洋二氏

Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。

 
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DXの終焉と 新たな破壊サイクルAXの始まり
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