2024年10月号
イノベーションの未来:Yコンビネーター“デモデイ”に見る新興企業
シリコンバレーの有力アクセラレーターであるYコンビネーターのデモデイが9月末に開催された。
YコンビネーターはAirbnb、Dropbox、Stripe等、数々の影響力のある企業を支援してきたスタートアップ育成スクールである。
同社は年に2回、プログラムを開催する。デモデイはプログラムを完了したスタートアップにとっての卒業イベントのようなもので、エンジェルやベンチャーキャピタル等の投資家向けにプレゼン、売り込みを行う。
デモデイは投資家にとっては有望な投資先を見つける機会だけでなく、未来の事業機会のヒントを得る場ともなっている。
以下、今回のプログラムを卒業したスタートアップを数社取り上げる。
インテリジェント交通信号システムを開発するXTraffic
Yコンビネーター初のディフェンス・テック・スタートアップ
今回のプログラムで話題になったのが、Yコンビネーター初のディフェンス・テック・スタートアップである。
Ares Industries
Ares Industriesは10倍小型で10倍安価な対艦巡航ミサイルの開発に取り組んでいる。同社創業者によると、中東とウクライナの紛争で、米国の兵器が今日の戦争には大きすぎ、高価すぎることが明らかになった。
既存の対艦巡航ミサイルは大型巡洋艦や駆逐艦を撃破することを目的としており、1トン以上の巨大なもので価格も数億円、数も少ない。300万ドルのミサイルで20万ドルの小型無人水上艦艇の群れを撃破するのは現実的でない。
同社のミサイルは既存の発射プラットフォームと互換性があり、より小さなペイロードを亜音速で発射し、数百キロ離れた船舶を破壊できる。まずは地上発射型と船舶発射型に焦点を当て、将来的には空中発射型も検討する。
図1. Ares Industriesのミサイル (同社WEBより)
Theseus
TheseusはGPSがなくてもドローンのナビゲーションができる技術を開発している。安価なDIYドローンは非常に効果的だが、通常はGPSに依存している。また、既存の GPSの代替品は重くて、非常に高価なものとなっている。そこで、同社はあらゆるドローンで動作する、低コスト、軽量の GPS の代替品の開発に着手した。
同社のビジュアル ナビゲーション システム (VNS) は、カメラ、慣性測定ユニット、および事前にロードされた衛星画像を使用して位置を決定する。
現在、ウクライナにおけるドローンの需要は年間100万~200万台で、世界中の国がこれを認識しており、ドローンを増強する過程にある。同社の製品は、新しい機能を手頃な価格で提供できる、としている。
地上以外のデータセンター開発
水中データセンターNetworkOcean
NetworkOceanは水中データセンターを開発、構築しており、効率的な冷却により電力使用量を最大30%削減し、GPUをより安く、よりサステナブルに運用できるようにする。
同社は最初に0.5MWのカプセルを海中に設置する。水の使用はネット・ゼロ・カーボンの目標に影響しないため、ほとんどのハイパースケーラは水を大量に消費する蒸発冷却システムを使用している。このアプローチは、例えばチリがGoogleのデータセンターが大量の水を消費するため、データセンターの建設の許可を一部取り消すなど、批判にさらされている。
NetworkOceanの水中データセンターは陸上でデータセンターを構築するよりも建設費が安く、土地、建物、冷却インフラにかかるコストを大幅に削減できる。洋上風力発電とのコロケーションも検討される。シリコンバレーのような沿岸都市にも近い。
図2 NetworkOceanの水中データセンター
宇宙データセンターLumen Orbit
Lumen Orbitは宇宙のデータセンターを開発している。低下中の打ち上げコストと宇宙空間の安価な太陽エネルギー、低コストの放射冷却を利用する。
来年、最初の衛星の打ち上げを予定している。
人材不足に対応するスタートアップ
医師不足に対応。Soma Lab
Soma Labは医学部学生のAIによる臨床トレーニングを開発している。
世界中で医師不足が深刻な問題となっており、各国政府は医学部の定員増を義務付けるなどの対応をとっている。しかし現状では、患者をシミュレーションする人を雇って臨床訓練を実施しており、これは時代遅れで拡張性のないアプローチである。
Soma Labは、学生が患者とのやり取りを練習できるAIシミュレーションを開発している。同社のAIモデルは、感情表現を伴う患者との会話をシミュレーションすることができ、バーチャルな患者と治療計画について話し合ったり、悪い知らせを伝えたり、デリケートな会話をリードする練習に役立つ。不安、抑うつ、ストレスなど、さまざまな感情状態にある患者と対話し、思いやりのあるケアを提供する方法を学びことができる。さらに、インタラクティブなケーススタディを通して診断に至る練習ができ、複数の潜在的な疾患を検討し、体系的に除外することで診断スキルを磨くことができる。
また、新しい治療法、医薬品、医療機器に関する実践的なトレーニングができる、対話型の症例ベースの学習モジュールも開発している。
空港の労働力不足に対応。AZALEA ROBOTICS
AZALEA ROBOTICSは空港で旅行者のスーツケース等の荷物を持ち上げて移動させるロボットを開発している。
世界中の空港と航空会社は、毎年 45 億以上の荷物の処理に 200 億ドル以上を費やしているという。荷物を持ち上げるのは重労働で危険な作業で、空港は人手不足に悩まされている。
同社は大型ロボットアームを使い、あらゆる種類のスーツケースやバッグを持ち上げ、壊すこともなく、また認識・操作ミスで目的の場所に荷物がつかない、という心配もない。
ロボットの動画
Yコンビネーターはプログラムを改良
以上、Yコンビネーターの最新のデモデイに登壇した数社について取り上げたが、同社はプログラムの改良にも取り組んでいる。
これまで年に2回プログラム(夏と冬)を提供していたが、この秋から年4回(春と秋を追加)に拡大する。選出するスタートアップの総数は変えないようなので、各プログラムの選定スタートアップ数が約半分になる。また、今回のデモデイはオンラインで開催されたが、次回以降は対面型を取り入れるという。
同社CEOによると、対面での席は限られており、参加条件は、過去2年以内にYコンビネーターの企業に少なくとも5万ドルを投資し、意思決定権限がある投資家、とのことである。より効率的にスタートアップが資金調達をできるようにする。今後もYコンビネーターのアクセラレーション・プログラムの進化が注目される。
(以上)
著者
川口 洋二氏
Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。
XTrafficはインテリジェントで自動運用可能でかつ安価な交通信号システムを開発している。世界中でスマートシティへの取り組みが進む中、あらゆる規模の自治体が手頃な価格でインテリジェント・インフラストラクチャに移行する方法を模索している。
XTraffic は、既存の信号機を自己最適化ネットワークにアップグレードする、スケーラブルでインテリジェントなシステムを都市に提供する。
米国ではインテリジェントな信号機を設置するには、交差点ごとに最大約1,500万円の費用がかかっているが、同社のシステムはわずか1ドルで同じ機能が実現できる。
同社のシステムにより、信号機同士が相互に会話し、ネットワーク内の交通状況に基づいてリアルタイムで決定を下すことができる。混雑状況、イベントによる交通パターンの変化、緊急事態、その他の状況に動的に適応することができ、これにより交通混雑が大幅に削減され、都市全体の交通の流れが最適化される。