2024年12月号 機運高まる米国IPO

シリコンバレーレポート

投資家の関心が高まるIPO市場

米国のIPO市場にようやく光が差し始めた。12月12日(米国時間)にカリフォルニア州のスタートアップであるServiceTitan社がナスダックへ上場し、その日に株価が42%上昇した。ServiceTitan社は空調サービスの事業者が使うクラウド・ソフトウェアで、ニッチなマーケットに焦点を当て、圧倒的なシェアを獲得するのに成功した企業である。
今回のIPOで約960億円(6億2,500万米ドル)を調達し、時価総額は約1兆4千億円(90億ドル)となった。ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、ウェルズ・ファーゴ、シティグループ等が引き受けを担当し、IPOを成功させた。ServiceTitan社の予想を上回るIPOの価格付けは、IPO市場に対する投資家の関心が高まっていることを示している。

ベンチャーキャピタルが投資したスタートアップで今年上場を果たした会社は片手で数えられるほどしかないが、例えば、ソーシャルメディアプラットフォームのRedditの株価はIPOの水準から5倍近く上昇し、サイバーセキュリティソフトウェア会社Rubrikの株価は2倍以上になっている。スウェーデンのフィンテック・プラットフォームのKlarnaも米国上場を進めている[i]
2025年は米国のIPOのウィンドウが開き、ベンチャーキャピタルも活気付く、という予測もシリコンバレーで聞かれるようになった。

[i] https://www.reuters.com/technology/software-startup-servicetitan-valued-897-bln-shares-jump-42-nasdaq-debut-2024-12-12/

2025年への期待を裏付けるレポートも

11月に発表されたPitchbookのリサーチ[i]では、米国のIPOは今年を契機に回復基調に向かう、と予測されている。
同社は、M&AとIPOは通常共生関係で連動する、とし、2022年、2023年と低迷が続いたM&Aが、2024年に回復に転じ、IPOも同じ傾向(図1)と分析している。
また、同社は2000年から2024年までのM&Aの年間の総額の推移を調べたが、M&Aが2年以上続けて下降した例は過去に見当たらなかった。同様にIPOによる資金調達額も、M&Aに比べるとボラティリティが大きいが、2年以上続けて下降した例はない。
なお、IPOの活動は2021にピークを迎えたが、これはテクノロジーのブームとSPACによる上場に起因している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図1. 米国でのM&Aの規模(左軸:10億ドル単位)とIPOによる資金調達額(右軸:10億ドル単位)の推移
(ソース:Pitchbook、2024年10月31日現在)

 

Pitchbookは、金利が低水準で安定し、地政学的緊張が緩和される可能性があることから、ディールメーキングに適した環境が整いつつある今が変曲点の真っ只中だと考えている。
そして、IPO活動に大きな影響を及ぼすプライベート・エクイティ(PE)が投資をした会社のうち、今後1年以内に米国の取引所への上場を検討している会社は50社にのぼる、と予測している。

[i] https://pitchbook.com/newsletter/ipo-momentum-builds-what-2025-holds-for-pe-backed-entrants

ベンチャーキャピタルとの共同投資も増加

多くのファミリーオフィスが自社内にスタートアップ投資のスキルを持つ洗練された投資チームを持っている。ただし、ファミリーオフィスの投資先は幅広く、自社だけで投資先を発掘、評価するには限度があるため、ベンチャーキャピタルのファンドにも投資を行い、ネットワークを広げている。
近年、ファミリーオフィスとベンチャーキャピタルの共同投資が増加している。PwCのレポートによると、あるファミリーオフィスは、「スタートアップ投資が実行される数は減少しているものの、人気のスタートアップは複数の投資家から投資の申し出を受け取っており、依然として投資者間での激しい競争がある。おそらく、以前よりも競争が激化している。したがって、今日では、ディールフロー(資金調達をしているスタートアップの案件)を共有し、適切なパートナーと共同投資することがさらに重要であると考えている。」と述べている。

ファミリーオフィスのスタートアップへの直接投資の場合は、少額投資への関心が高まっており、共同投資も組み入れて、リスク管理と分散化を図っている。ファミリーオフィスのアドバイザーらによると、ファミリーオフィスは、スタートアップへの直接投資を最先端のテクノロジーや市場について学ぶことができる機会として扱うことが多いという。学んだことをより大規模な投資や自分の会社に応用することを狙っている。

ServiceTitan 社のIPO成功と、それがもたらす影響

ServiceTitan 社のIPOの成功要因として、同社CEO兼共同創設者のアラ・マヘデシアン氏は、事業の好調さと成長性に加えて良好な市場環境がある、と述べている。今年の米国の株式市場の堅調さ、金利低下の見通し、経済の軟着陸への期待が背景にある。
一方で、JPモーガンのキャピタル・マーケットのグローバルのトップであるケビン・フォーレイ氏はBloombergの最近の記事[i]で、「若干の不確実性がまだ残っている。新政権が規制緩和をもたらしインフレを抑制するという楽観的な見方もあるが、関税は本質的にインフレを引き起こすものである。」と警告している。物価が急激に上昇すれば、連邦準備制度は金利低下の方向性を変更する可能性がある。

ServiceTitan等の株式が同業他社に比べて割高で取引されているのを見て、2026年上半期のIPOを検討していたスタートアップが、上場時期を早め、2025年下半期を目指す、といった例もあるようだ。これは投資側のベンチャーキャピタル(VC)のニーズとも一致している。
VCは、自分のファンドの投資家にこれまで時間がかかっているリターンを早く返したいと考えている。そのため、上場時の株価にも寛容となり、IPOの株価が直前のベンチャー資金調達ラウンドよりも低い株価でも上場を優先する、という機運が高まりつつある。低い株価を案じるより、とりあえず上場のプロセスをスタートしようという判断である。
これまで難しかったテクノロジー関連、フィンテック、規制緩和が予想される仮想通貨関連のスタートアップの上場が勢いを増す可能性がある。

トランプ政権の政策を予測することは難しいが、多くの金融関係者が政権に加わっていることもあり、株式市場を見捨てることはないだろうという見方もある。
来年の米国のIPO活動は期待通りに復活するのか、楽しみである。

(以上)

[i] https://www.bloomberg.com/news/articles/2024-12-18/trump-tariff-risk-casts-doubt-on-ipo-blowout-forecast-for-2025

著者

川口 洋二氏

Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。

 
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