2025年3月号
シリコンバレーは「バイブコーディング」で成長至上主義から利益重視へ転換

シリコンバレーレポート

Yコンビネーター、デモデイ開催

2025年3月、シリコンバレーのスタートアップアクセラレーターであるY コンビネーター(YC)が、雨のサンフランシスコにてデモデイを開催した。会場は160社以上のスタートアップと数百の投資家で熱気に溢れ、デモデイは朝9時半から夜の6時半まで続いた。
YCは5,300社以上のスタートアップに投資しており、投資先企業の価値は合計で8,000億ドル以上にのぼる。数十社が上場、ユニコーン(企業価値が10億ドル以上)は100社以上で、同社のアクセラレータープログラムの合格率はわずか約1%である。
今回のデモデイの登壇スタートアップは、AIエージェントなどAI関連が主だったが、ヘルスケア、リクルーティング、宇宙、半導体、製造管理、ロボティクス、など分野は多岐に渡った。そして、今回、特に話題になったのはシリコンバレーでバズっている「バイブコーディング」である。

バイブコーディングとは?

「バイブコーディング(Vibe Coding)」は、OpenAIの共同創業者のコンピュータ・サイエンティストであるAndrej Karpathyが名付けた言葉で、AIを活用してソフトウェア開発を劇的に効率化する手法を指す。
具体的には、大規模言語モデル(LLM)や生成AIがコードの大部分を自動生成し、開発者がその「雰囲気(vibe)」や方向性を指示するだけでアプリやサービスを構築できるというものだ。
テスラでAIのオペレーションを5年間率いたKarpathyは、「バイブコーディングは実はコーディングではない。ただ見たり、言ったり、実行したり、コピーペーストしたりする。それでほぼ動作する。」とXにポストした。生成AIへのプロンプトを工夫すればプログラムが生成されることから、「今、もっとも流行のプログラミングは英語である」とも述べている。

バイブコーディングにより、従来は数十人規模のエンジニアチームが必要だったプロジェクトが、数人でも実現可能になる。資金調達の負担も軽減され、スタートアップが迅速にプロダクトを市場に投入できる。今回のYCデモデイでその実力が存分に発揮された。

図1. YCによるバイブコーディングについての説明動画(画像クリックで再生できます)

YコンビネーターCEOが明かすバイブコーディングのインパクト

Yコンビネーターのデモデイ直後のCNBCインタビュー[i]で、同社CEOのGarry Tanは今回のバッチがYC史上最も成長速度が速く、収益性の高いグループであると語った。 
「過去9ヶ月間、YC全体のスタートアップは毎週10%成長している。トップ1、2の会社の話ではない。全てのスタートアップが毎週10%成長しているのだ。こんなことはアーリーステージのスタートアップで過去に起こったためしがない。」と強調した。特にバイブコーディングの影響を次のように説明している。「今回のデモデイ参加のYCスタートアップの約25%は、コードの95%をAIが書いている。少し恐ろしいことではあるが、これが意味するのは、50人や100人のエンジニアチームがなくても、10人以下のチームで約15億円の事業を作れるということだ。資金も長持ちするし、多額の資金を調達する必要もない。金利が低いときのシリコンバレーの成長至上主義の時代は終わり、利益重視の時代が来たのだ。」
Garry Tanはさらに、グーグル、メタ等の大手テック企業のレイオフや新規採用の控えが続く中、優秀なエンジニアが独立し、少人数で大きな価値を生み出すチャンスだと指摘している。「YCのネットワーク効果はますます強くなり、専門特化したインキュベーターでは対応できない柔軟性が我々の強みだ」と自信を見せた。

[i] https://www.cnbc.com/2025/03/15/y-combinator-startups-are-fastest-growing-in-fund-history-because-of-ai.html

 

バイブコーディングの注意点

先述のYCのビデオ(図1)でGarry Tanはバイブコーディングを使う上での注意点についても述べている。特に、Yコンビネーターの創業者に対する調査で、LLMは“自分が作成したコードをデバッグ(プログラミングの間違いの修正)する力が弱い”という課題が明らかになった。人間がデバッグをする必要があり、そのため,LLMが生成したコードが何をしているのかをヒトが理解できないといけない。
Tanは、それでもバイブコーディングはメリットがあり、例えばニッチなプログラムで、人の時間とコストをかけると採算が取れなかったようなものも、バイブコーディングで可能になる、と指摘している。

バイブコーディングが切り開く未来

2025年3月のYCデモデイは、バイブコーディングが単なる流行語ではなく、スタートアップの開発プロセスを根本から変える力を持っていることを証明した。少人数で迅速にスケールする新しい時代の幕開けである。
シリコンバレーでは、特に創業間もないスタートアップがバイブコーディングを最大限活用している。バイブコーディングは、シリコンバレーのみならず世界のイノベーションを加速させるだろう。
次回のデモデイでも、このトレンドがさらに進化することを楽しみにしたい。

(以上)

著者

川口 洋二氏

Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。

 
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DXの終焉と 新たな破壊サイクルAXの始まり
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